昨日は、ごまウシはお仕事でしたので祝日の感覚はなかったのですが…少しだけ愚痴をこぼすとすれば…。
平日の勤務よりも祝日の勤務のほうが仕事量が多い。
スライドなどを作らなきゃと思っていましたが、まったく手につきませんでした。
ごまウシの活動の中の講演活動には、スライドを作る作業が必須ではあるのですが、なかなか進まず…大丈夫かしら…と思う今日この頃ですが…。
本日の敬老の日、報道では、老人に関連したお話もたくさんあったのではないかと思いつつ、テレビとも全く縁のない1日であったのは言うまでもないことではありますが…。
さて、ごまウシは、高齢者を対象とした診療を行っていますが、特別にどの年代から高齢者かという線引きはしていないのは確かです。自身で「高齢者だ」と本年で思っていらっしゃる方を対象としていると言ったらよいかもしれませんね。
そのため、本気で高齢者と思っていない方は、対象外かな…
認知症の診断の場合は、年齢を問わずとなりますが…。
さて、以前、コロナ前だったと記憶していますが、学会だったか講演会だったか記憶があいまいになっていますが、長老といわれているその筋の専門家3人が壇上で雑談のような会話を繰り広げる「鼎談」といわれる、シンポジウムがありましたが、その時に、勇気を振り絞って高齢者とお話をするときの心構えについて質問をしたことがありました。
質問の内容はともかくとして、80を超えるような長老たちに言われた言葉にびっくりするようなお話がありました。
「高齢者だからと言って敬意を表する必要はない」という言葉です。もちろん80を超える長老の方に言われた言葉ですので、重みが半端ないわけではあるのですが、ごまウシは、基本的には、どんな人生であっても、末永く生き抜いてきたことに対して絶大な敬意を表して向き合うことを基本としていたのですが、長老のお話の中では「尊敬に値する人生を送ってきた高齢者ばかりではない。大切にするのはありがたいが、尊敬するというのは、自身で選択すればいい。」ということでした。
ごまウシの人生観から、多くの高齢者の人生観を尊敬するかしないかを選択することは恐れ多くてできるものではないものの、畏怖の念という気持ちで向き合うよりは、比較的リラックスして向き合う気持ちが出てくるようになりました。
この気持ちの変換から、ごまウシは、現在は、リラックスをして親しみと興味、好奇心をもって高齢者の方々と自然に接することができるようになった気がしてきました。
敬老の日。高齢者に対しての敬意を表する日ではありますが、敬意よりも親しみを感じて興味を持つ日であると考えてもよいかもしれません。ごまウシも含め、いずれは高齢者に仲間入りをしますが、その時に、畏怖の念でみられるよりは親しみで見てもらったほうが気持ちが楽なのは確かかもしれませんね。