ごまウシの頭の体操

認知症、緩和ケアなどが私の仕事の専らですが、これらに限らず、私が得た知見を広く情報発信したいと思います。

定期券圏外神々のお宅訪問。Vol.12

 本日のお宅訪問は、名鉄小牧線と言われる、名鉄路線の中では支線と言われるような線路ではありますが、そのまま名古屋市営地下鉄につながる便利な路線ではあります。この路線の沿線には、とても有名な神社が二つありましたのでそこをお参りをしたわけですが、私事ではありますが、実家のお墓もありましたので、お墓参りもかねてお出かけしました。

 お墓参りは、お寺さんでしたが御朱印…ありそうでしたが、あくまで、神社巡りでしたので、御朱印はいただかず、ご先祖様をしっかりお参りした上で、次の駅だからと思い、そのまままずは大縣神社へ向かいました。Google Mapでナビを起動して、え!?3.5kmか。結構あるなぁと思いつつ、ま…いっか、と思いながら歩き出しました。

 しかし…暑いし、結構長かったのですが、水田と用水路の脇を歩きながら水の流れを耳にしながら歩いたので、それほど退屈な気持ちにならずに到着しました。

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大縣神社

なんとも立派な鳥居が現れました。ちょっとよく分からないのですが、奥行きがかなりあったのですが、工事中なのか、封鎖されているところがたくさんありましたが、この神社で有名な「姫岩」はきちんと見ることができました。この「姫岩」…とても写真を収めるにはためらいを感じ(撮影禁止ではありませんが)、敢えて登場させないこととしました。その理由は、この神社と関係の深い田縣神社に行くと、露骨な答えが待ち受けています。

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大縣本殿

この本殿もとても立派でした。ちなみにこの神社は縁結びの神様と言われているようです。縁結びではありますが、私はお参りしたときのお祈りは、決して縁結びではありませんでした…神様は万能であるはずと私は信じております。この縁結びのお願いをして、それが成就した次のステップが次にお邪魔する田縣神社となります。

 関係のある神社なので、あまり電車を使うような移動ではなかったので、徒歩で行こうと決めて、Google Mapでナビを設定するとあれ…意外とあるじゃないか…隣の神社じゃないのかと思わず突っ込みを入れたくなる3.0kmでした。

 でも頑張りましたよ。先ほどが用水路に沿ってだったのが、今度は川沿いをひたすら歩いて行きましたが、水のあるゾーンは少しだけ涼しい風が吹き、暑いことは暑いもののちょっとましかな…。30分ほどで、なんとか、到着しました。

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田縣神社

 こちらも立派な鳥居です。大縣神社は森の中にありましたが、田縣神社は、駅前のちょっとした街中にありました。そして、本殿の写真になります。

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田縣本殿

 こちらも立派な本殿です。良し…奥はあまり分からないように写っていますね。この田縣神社、子宝の神様です。先ほどの大縣神社で縁結びを成就したら次はこちらに参拝して子宝をお祈りするというものです。言い換えると、大縣神社は姫方で田縣神社は殿方です。そして、子のとの方である田縣神社には、殿方のあのシンボルがそこら中に飾ってあるのです…。みなさん分かりますよね。遠慮はいりません、思いっきり下ネタのイメージで結構です。おかげさまで、今はしずかですが、世界中に有名な神社となっています。その影響か巫女さんがいらっしゃる社務所には、「撮影禁止No Photograph」とたくさん書いてありました。確かにシンボルだらけで、目のやり場に困るのですが、決しておふざけではなく、とても真剣に子宝をお祈りしているところです。不妊症の型などに取ってみるとわらをもつかむ思いでお参りされたりするような神社です。お笑いではなく、きちんと神聖な気持ちでお参りをしてください。私はもちろん、この神様も万能であるという事を前提に子宝ではなくまた別のことをお祈りしておりました。

 さて、ここまで来るとおわかりいただけたかと思いますが、先ほどの大縣神社の「姫岩」なぜ写真を掲載しなかったかというと…そうです、姫方のシンボルでございます。どちらの神社も、歴史がきちんとあり、極めて真剣にお祈りをしている場所でもあります。ご興味ある方は、真剣な面持ちでお参りされることをお勧めいたします。

 最後ですが…。

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移動

 神社と神社の間の距離があったのもありますが、なかなかの距離22kmですが、さらにのぼった高さが44階分というのも結構なものと思いました。ダイエットは進みませんが、頑張っております。

 

 

 

 

 

 

魔法としての医術②

 昨日は、内科診断学の技術を学ぶ学生の時の思い出を語りましたが、内科診断学など身体所見を採るトレーニングをしていくうちに、究極の身体所見をとる診療科を学ぶ段階に入りました。その診療科は、現在は別名ですが、神経内科です。現在は脳神経内科といっていますが、この診察によって得られる情報の総まとめを行うとほぼ画像診断が予測できてしまうと言う極まった技術でした。

 神経内科の外来に初めて来られた患者さんの頭のてっぺんから足先まで、主に打腱器という一つの道具を使って、診察をしていきながら、最終的に結論として、「おそらく頭部MRIでは、○○の周辺に結節性の病変があるはずで、経過からすると多発性硬化症であろう。」と言ったように所見のアセスメントを行った上で、頭部MRIを実施すると、ずばり!○○に結節性病変あり。という感じで、まるで予言者かと思うような魔法を体験しました。

 その憧れもあり、私は診療科としては精神科ではあり、精神科専門医を名乗っておりますが、それでも一方で脳神経内科医と名乗ることも一応誰も文句言われないたちばではあります。と言うのも、きちんと脳神経内科医が所属している学会である日本神経学会にもしっかり所属をしているからです。ただし、脳神経内科専門医はさすがに名乗ることはできません。脳神経内科医の専門医はさすがに兼業するのはとても難しいお話です。

 さて、この魔法は、主に打腱器という道具だけを使うわけですが、この打腱器もとても多機能です。この打腱器の使い手が脳神経内科医の専売特許のようなものですが、私はまだまだ上手に扱えません。みなさんも見たことがあるかもしれませんが、この打腱器というハンマーに似た道具を膝にとんと当てて、足がビクンと跳ね上がる脚気の診断に用いる手法がありますが、ベテランの脳神経内科医がやると、面白いくらいに跳ね上がり、患者さんまで驚いてしまうと言うものですが、機序が分かっていても私は上手にできず、ガツンとやってしまい患者さんから「おい!痛いじゃないか!」とお叱りを受けたりしてしまいます。狙ったところにあてられないんですよね。きちんとあてると、がんと跳ね上がってとても気持ちいいのでやみつきになります。ダメですね、遊んでは…。

 脳神経内科医の診察の流れは、まずは、12本の脳神経の機能を見ていき、その次に頸椎から腰椎までのそれぞれの神経を意識して診察をしていくという作業を進めます。この流れによって、画像診断でどこに問題が発生しているかを診断するという手法です。とにかく、手法がたくさんあり、覚えるのが大変なのです。そして、先ほどの打腱器のお話の通り、日頃しっかりやっていないと上手にその所見がとれないと言うこともあり、とても難しいものがあります。

 この脳神経内科の診察技術は、実は、電子機器のエンジニアリングとよく似ている部分があります。電子機器のエンジニアの方々は、電子機器の故障を確認するために、例えばテスターのような器具を用いて、それぞれの端子の抵抗や通電状況を確認しながら、「この部分のコンデンサーが故障している」と故障部位を「診断」しているのでその点では、人間の神経の走行の中の呼唱部位を調べて、診断する点では同じだなと感じますが、やはり、画像などで調べる前に明確に答えを出すという点では、魔法だなと思いました。

 

 医術という技術は、最近の研究者が開発したものだけでなく、西洋医学の古くからの歴史を積み重ねたものであるため、ある種伝統職人の技術のようなもので、その技術は、最新医療器具の力を凌駕するようなものまで存在したりします。ただ、きちんとした経験がなければなかなかこの技術は身につかないため、画像診断のように見て分かるようなものとはかなり違うと感じました。もちろん、画像診断もしっかり日頃読み込んでいないと診断はできないので、画像診断にも経験は必要になるものではありますが。

 医師は何気なく、そのような診療技術を患者さんに提供し、診断をしております。横柄な医師から心細そうな医師、そして、何を言っているか分からない医師から理路整然だけど難しすぎる話しをする医師まで様々ですが、みな、日頃から頑張っているんですよ。なんて、言う事を申し添えておこうと思います。

 

 

魔法としての医術①

 魔法だというととても大がかりなお話になりますが、学生時代、学部に進学して、最初に患者さんと接する内科診断学を学び始めたときに診察技術については、魔法だと思うことが多々ありました。臨床実習を始めた頃の医療技術としては、既にMRIという最強の画像診断器具も導入されており、現在の画像診断技術が一通りそろっていると言っても良い状況でもありました。実習をしていた大学病院にはこれらの医療器具はそろっており、最終的には画像診断というのが専らとなってきた時期に当たります。

 このような最新の医療機器が存在する中、内科診断学では、人間の五感をフル活用して、人体の内部に発生している病態をつかみ取る技術を学ぶ実技実習と言って良いものでした。現在は、CTやMRIなど、比較的大がかりな検査器具であっても、一般的な病院で保有している割合が大変多くなり、医師がそこまで自分の五感を研ぎ澄まして、診断をしていく必要性はなくなってきてはいますが、当時としてはまだまだ必要性が高く言われており、画像診断を行うためにはそれまでに時間がかかるため、画像ができあがる前に、画像で明らかになるであろう病態を既に、医師の方で身を以て診断してしまうと言うのが当時の診断学の究極のテーマであったように思います。

 そういう意味では、巨大な機械が出す答えを事前に自分の力で導き出すという魔法を教えてもらえると行った感動的な医術を身に付けさせていただける機械として感じ、「最初は」とても感動し、実習に没頭したものでした。人間の五感をフル活用して、体を隅々まで見て、その上で、教授の前で患者の身体所見についてプレゼンテーションを行うという事を実習の中では行っていました。もう既に忘れてしまっていますが、とにかく、呪文のように英語混じりのプレゼンテーションとして、general statureはmoderateでnutritionはgoodです。eyesにおいては、…などなど延々と述べ、最後に、身体所見の特記すべき事項をあげて、これらを満たす身体疾患は、○○と考えられます。とプレゼンテーションを行い、その患者担当主治医が、次に調べた画像や検査所見と照合して、身体所見からの診断が適切かどうかの判定を行い、次に教授から講義をいただく形が実習のパターンでした。

 この内科診断学について学んだ教科書は、既に絶版となり、時代の流れとともに、診断学の方向性が変わってきたことを示唆しているように感じられました。

 さて、医術の中で、魔法だと感じた中には、多くの医師が首に引っかけていたりポケットに丸めてしまい込んであるツールである聴診器がその一つになります。この聴診器に今時代こだわり通すドクターはまずいませんが、当時は、研ぎ澄まされた聴診技術を持ったドクターがたくさんいました。

 例えば、聴診器を使って診察をすることで、超音波の心エコーを上回るのではないかと言うほどの聴診技術を身につけているドクターがいました。心臓の聴診には、私も学生時代はこだわって頑張って聞いていたのですが、専門とならず、現在では、だいぶ記憶が風化していますが、一拍一拍の心音をしっかり聞いた上で、I音およびII音(a、p)さらにはIII音そしてIV音の4種類(細かくは5種類)の音を聞き分け、さらには、この各音の間に聞こえる心雑音をLevine II/VI度などと描写して音の大きさを説明し、さらには、心雑音の連続性や強弱、減衰などを図に書いたりして表現をし、これらの聴診だけで、心臓弁膜症のどこの弁膜の問題か、あるいは心内膜炎や先天性の心奇形など現在では超音波心エコーで示すようなことを耳だけで診断していました。なかなか聞き分けは難しかったのですが、少しでも分かったときには、自分で魔法を身に付けたような感覚になることができるようになりました。

 こんな感じの診断技術ではありますが、気楽に検査ができるようになってしまった現在は、省かれ気味ではありますが、精神科病院の当直の時などは、検査技師などが不在な夜では、自分の五感だけが患者の体調不良に対する診断の道具となるため、学生時代の感覚を総動員させながら、真夜中のコールの時には対応をしているのが現在になります。

 懐かしい医術の魅力と思いつつ、この医術が、歴史上の偉人達が積み重ねて気づきあげた系統的技術の完成形であり、現在においても、土台として大切に温め続けられていることが、医師の一人としてつくづくと身にしみて感じる瞬間でもあります。この医術が、検査器具がなくても、無力とならず、患者の病気に立ち向かえる力を与えてくれる。そう感じて、やりがいの一つの土台となっているのが現在の私でしょうか…。

 明日は、さらに、掘り下げて、医術①をさらに発展された医術②について語ってみたいと思います。

 

 

定期券圏外神々のお宅訪問。Vol.11

 本日は、名鉄犬山線をお邪魔してきました。いつものご近所神社巡り6社を終えてから電車に乗って、移動した先には、こんな景色が広がっていました。

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木曽川

池や湖ではありませんよ。これは木曽川です。犬山は愛知県ですが、この木曽川をまたいだ先が岐阜県という位置にあります。そして、犬山と言えば、これです。

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犬山城

犬山城です。お城巡りもなかなか魅力的な楽しみにはなりますが、今は神々のお宅訪問ですので、犬山城には敢えて立ち寄らずにお膝ものとの神社にお邪魔してきました。本日は、体育の日でもあるため、観光地なので人が集まる可能性が高いという事もあり、お城や甘味処のお店などは立ち寄らず、神社に限定してお邪魔しました。

 まずは、犬山神社です。周囲にたくさんの方が折られてびっくりしましたが、神社だけ、静かな空気が漂っていました。

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犬山神社

しずかにお参りを終えて、次は、その道向かいにある稲荷神社ですが…びっくりです。人、人、人…それもカップル、どうして、こんな観光スポットになっているんだろう…と私の誤算と思っていたのですが、お邪魔して理由が明瞭化しました。

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稲荷神社

 この三光稲荷神社ははーとの形をした絵馬があり、縁結びの神社となっているようで、カップルで溢れかえっていました。人が写らない写真を撮るのが大変でした。

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稲荷と絵馬

 そして、印象的なのは、笑顔のキツネさんです。

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キツネ

みなさんの縁が素敵なものとなりますように…このようなお祈りをしたくなるところですが、私のお願い事は…全く別方向でしたが…。

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移動距離

 さて、本日の移動距離ですが、19.6kmと、頑張っていますでしょ。

 

 

定期券圏外神々のお宅訪問。Vol.10

 さて、引き続き、名鉄名古屋本線沿線を歩いているわけですが、前回の新清洲駅を下りて、日吉神社をお参りした後、そのまま、歩いて次の神社に向けて出発しました。次の場所は、最寄り駅としては、名古屋本線須ヶ口駅ですが、少し名古屋本線をそれて、名鉄津島線にむけて歩いて行きました。

 神社巡りにおいて、重要なガイドになっているのがスマホにインストールしてあるGoogle Mapではありますが、今まで確実に道に迷うことなく、行けていたのが今回なぜか、ルート案内が乱れ、全く目的の神社に到着することができませんでした。五条川という川沿いにあるため、Map上はとてもわかりやすい場所にあるにもかかわらず、なぜか道案内が混乱していました。約1時間ほどの時間をロスし、炎天下で疲労困憊状態で到着したのが管津神社です。

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香の神社

この神社は、本殿は特に特色はないのですが、本殿以外にマニアックな神社が並んでいました。その一つがこのほこらです。医師のモニュメントは、まさに漬物です。香の神社とありました。お漬物は、年を追うごとに求めるようになりましたが、発展系として発酵食品全般の守り神だという事でした。発酵食品は、健康食品でもあり、日々の食卓にはとても重要なアイテムと言えます。これからも大切のいただいていこうと思いました。

 さて、私がこの神社になかなかたどり着けなかった理由としては、ここにあるのではないかと思いました。

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私には金運ゼロという事でしょう。なんとか無理矢理にたどり着いたわけですが、おそらく、神様は、「シャーないなぁ…」って笑っているのではないかと…周りではクマゼミがシャーシャーと激しく鳴いていましたので、神様に妥協していただいた結果だと思いますが、金運につながっているかどうかと言えばまた別でしょう。たどり着けたことに感謝です。

 そして、本来はさらに…と思っていたのですが、次の神社で力尽きました。名鉄津島線甚目寺駅が最寄りの漆部神社でした。駅名が甚目寺になっているのもありますが、現在はあま市にはなっているものの、それ以前は甚目寺町と言われるほどで、甚目寺がどんと構えている横にこそっといらっしゃる神社でした。

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漆部神社

 この神社は塗物の神社と言われているところで、先ほどの香の神社と並び、特殊な神社と言えます。私は、それよりも、この神社の本殿…

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本殿

どうですか?私は住みたいと思うくらい、涼しそうに見えました。石畳とフローリングと段差がある本殿は珍しいかな…って思いました。

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御朱印

そして、無事に御朱印いただきました。

本日はこれで力尽きましたので、最寄りの甚目寺駅からちょっと遅めのお昼ご飯のために名古屋駅を道草して帰りました。

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歩行距離

結果はこんな感じです。あれ…マップで見る限り、こんな距離じゃないと勘のいい方は気づくかもしれませんが、そうです。最近は、移動する前に身近な神社をぐるっと巡ってから出発をしているので、トータルの移動距離は結構なものになる傾向があります。16.3kmほどの距離を最近当たり前のように歩けている自分自身に驚いてしまうのでした。

 

 

定期券圏外神々のお宅訪問。Vol.9

 本日は、オリンピックのために移動された海の日。ハッピーマンデーならば、仕事となっていたはずの祝日が平日の木曜日に設定してもらえたことにより私にとっては貴重なお休みになりました。…と言うことで、この企画、進めてきました。

 現在は、名鉄名古屋本線を巡っていますが、本日は、「清洲」にお邪魔をしてきました。清洲と言えば、清洲城というお城もありますが、この地域は、とても川の氾濫が多く、水害に対する守り神としての神社もたくさんありました。

 今回は、清洲にある珍しい神社を一つご紹介いたします。日吉神社という神社です。名鉄新清洲からは徒歩圏内…(とは言え、それなりに歩きますよ)の神社です。

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日吉神社

 なかなか風情のある神社の正面ではありますが、珍しいのはもちろん、この表玄関ではありません。

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本殿

 さて、本殿ですが、よく見ると…あれ!?という感じになりませんでした?そうそう、狛犬さん、なんとおさるさんなんですよ。ちょっと親父チックなおさるがそれぞれ雰囲気を醸し出しながら守っておりました。

 この日吉神社はおさるさんが守り神となっているのです。そして、この本殿の横には、さらに立派なものがありました。

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絵馬

 立て看板にある通り、絵馬なんですよ。実際見ると、飛び出してくるような臨場感のあるすばらしい作品でした。それぞれのおさるの表情も面白い。感動的な絵馬に暑さを忘れることができました。

 そしてお参りをして、社務所に行きますと…。

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御朱印

 宮司さん、一瞬でこれを仕上げてこられました。本当、さらさらって言う感じでした。この強弱をつけた筆裁きには脱帽です。この達筆な筆裁きの右端にかわいらしいおさるさん。素敵な御朱印をいただきました。
 

 

 

種の保存のための知恵

 本日のお話は、実は昨日の話題の発展になります。なんと、セミから種の保存のお話をするという奇抜な発展ではありますが、セミのことを調べていく内になるほど…という事でこの話題になりました。

 生物にとってみると、種の保存というのは最大の目的であり、それのために、危険を冒してでも行動する傾向があります。この種の保存の中で最も危険な段階というのは、卵の段階から生まれたての赤ちゃんの檀家と言われています。卵の場合は、身動きができないため、親が命がけで守る、土の中などに他の外的に襲われない場所にそっと隠すなどの対策がとられます。赤ちゃんの段階では、親が守るとは必ずしも言えない事もありますが、基本的に哺乳類などはまだまだ親の加護の元で過ごしていることが多いですが、はぐれることもあり、はぐれたときのために、「かわいらしい格好」をしているというお話があります(どこかで聞いたお話ですが、出所不明)。このあどけなさが、時には異種の動物が保護をして育ててくれることがあるようです(報告はいくつもあるのはみなさんご存じかと思います)。

 いずれにしても、成熟しなければ、種の保存はできませんが、この種の保存ができる成熟まで到達できる個体が割合として多ければ多いほど効率よく種の保存が行われることとなります。言い換えれば、効率の良い種族であれば、成熟した個体が多ければ多いほど種はより一層多く増えてしまう結果となります。自然というのはとてもうまくできているもので、主の穂増効率が高い種族は、子供の数もどんどん少なくなり、そのまま効率性が反映される結果となっています。

 そういう点では、人類は種の保存効率がとても良くなってきていると言えましょう。その結果として、日本における出生率は、2018年において1.42人となっています。言い換えると、夫婦2人で子供が1.42人しか生まれないという事になるため、日本人は減少に転じているという事となります。おそらく日本人は増えすぎたという事での自然の摂理が適応されているとも考えられます。

 一方で、猫など哺乳類になると、人類ほど安全な幼少期を過ごせるわけではないため、一回の出産で5〜6頭となります。人類が同じくらいの出産をしていた場合には、人類は、恐ろしいまでの人口爆発で苦しむことになるでしょう。

 人類も猫も食物連鎖ヒエラルキーの中では、上位に位置しているので、このくらいの数字になっているのですが、食物連鎖の中で下位に属するような虫の世界となるとこれが尋常ではない数になります。捕食者に食べられることが一定割合想定された上で、捕食者が思う存分食べた上で、それでもバランス良く成熟した個体がそろうように卵をたくさん産んでいるという効率の悪いながらも計算された動きをしているわけです。

 ここでセミのお話になります。セミにおける種の保存については、これは成熟した個体ですら捕食される恐れがあるため、成熟した個体数自体も大量に必要になるという方向となります。そのため、種の保存のためには、成熟した個体ができる限り種の保存につながりやすくなるように、遭遇確率を高め、さらに捕食されても捕食者が食べられないほどのおびただしい数登場することで、種を保存させていると言われています。実際、日本にいるセミたちもどうでしょう…?7月頃から急に現れ始め、8月にかけて大量に増え、そして、9月頃には姿を消してしまう。活動期間はわずか2ヶ月程度です。その間に大量のセミが現れ、存在感が明瞭となるほどのたくさんの個体が鳴き乱れ、秋頃には、他の昆虫には認められないほどの大量の干からびた死骸を随所に残しているという状況となります。さらに、アメリカなどで話題になる17年ゼミは、調べるところによると17年に1回、一気に成熟した個体が現れ、その数は、兆の単位になるとのことでした。このくらいの数になると、捕食者は、さすがに食べきれず、人間も頑張って捕食者になりますが、FDAから警告が発せられるほどとなり、結果的には、しっかりの種の保存が保たれるようです。兆の数の個体が現れても、爆発的に増加するわけでもなく、バランスがとれているようです。

 一寸の虫にも五分の魂などということわざもありますが、種の保存の観点で見ると、魂の重みは、種によっては、恐ろしく差があるように感じてしまいます。とは言え、生き物は無用の殺傷をしないというのは、当然と言えば当然のことでしょう。