ごまウシの頭の体操

認知症、緩和ケアなどが私の仕事の専らですが、これらに限らず、私が得た知見を広く情報発信したいと思います。

他力本願

 ごまウシが当直しているときに夜中に電話での相談がありました。〇〇先生が主治医の患者さんですが、不安が続くため、注射でも打ってもらいたい…とのこと。

 

 確認すると、翌日に担当医の外来予約が入っている中で、担当医の指示とは裏腹な安定剤などの内服をしており、使い切ったため、亡くなってしまっていたから、何とかしてくれ…というものでした。

 

 不安に対する内容については日常生活面のことではあることがもっぱらではありますが、精神科の外来で遭遇する不安の内容は、具体性がなく漠然としたものに対する不安であったりする場合もあります。

 

 しかし、多くの不安の症状の背景にはそれなりの理由があってのことがほとんどであり、不安に対して、薬物療法を行っている実情があったりします。

 

 最初に精神科を受診したころは、不安については自分で何とかしようという思いももちろんあったと思います。さらに言えば、その不安などとのお付き合いが長期化してしまった結果としての諦めの心が芽生えてきたこともあることでしょう。

 自発的な取り組みがなくなり、また他者のアドバイスに対してあまり耳を貸さない状態で、困ったら、「誰かが何とかしてくれるだろう」などといった他力本願的な思考が目立つようになってきます。

 

 時間外の電話相談の内容は、不安だから駐車などをして対処してくれといういわゆる他力本願のものです。しかも、抗不安薬などの使い方は、担当医のアドバイスを無視した自己流の考え方で好き放題な結果は薬になくなってしまったもの。想定外に抗不安薬などがなくなれば、お薬の効果がなくなるころに不安が漠然と強まることがよくある話ですが、それに対して注射を打ってくれという要求は、何とも他人任せというところがあります。

 その方の本来の姿は担当医ではないので知るところではありませんので、正確に考察することはできませんが、他力本願が目立ったお話になります。

 

 実は問題解決能力というのは、他力本願の場合は、その場しのぎの解決はできるのですが、実際には応用力などは身に着けられず、実際には成長がほとんどないというものです。そのため、問題にぶつかったときには自力での解決能力が欠落し、他者がタイミングよく実情を十分わかったうえでの的確な助力をしなければ、解決できず、他者の理解できない事柄が問題となった場合には、解決できず、いつまでも問題を抱えたままになってしまうことが多々あります。

 

 問題に直面した時、他者のアドバイスなどを借りるのは問題ありませんが、他者のアドバイスをすべて鵜呑みにして、他者の力だけで解決しようとしたりしていませんか?

 他力本願はとても楽ですが、根本的な解決にはならないことも多いため、問題に関しては、苦労はしますが、他者からは助言程度の助けだけとして、できる限り自力で何とかしようとする姿勢も大切と言えます。

 

 先月に触れました、抱え込み自体

 

 

もいいわけではありませんが、だからとして丸投げもよくないということの一つの話題でした。