ごまウシの頭の体操

認知症、緩和ケアなどが私の仕事の専らですが、これらに限らず、私が得た知見を広く情報発信したいと思います。インスタグラムも始めてみました。https://www.instagram.com/goma.ushi/

抗精神病薬はやはりハロペリドールでしょう

 本日のお話は、まさに「自論」です。だから、正しいと思って信じ込まないようにしていただきたいと思います。そして、さらに申し上げると、抗精神病薬のお話ですが、とても乱暴な簡便な分類をしてお話をしますので、異論を唱える方は多々いらっしゃるかと思いますが、自論の中でのお話のため、お許しください。以上を踏まえた上で、お話をさせていただきます。

 精神科で使用する薬剤は向精神薬と言いますが、この中には、一般的に言われている安定剤という抗不安薬睡眠薬には時まり、抗うつ薬気分安定薬などがある中で、要として、抗精神病薬があります。抗精神病薬は、専ら統合失調症の治療薬として開発されてきているお薬達です。この歴史を触れつつ、ハロペリドールについて語ってみたいと思います。

 抗精神病薬は、幻覚や妄想などを神経学的機序の中でドパミン神経の過活動状態が生じさせている病態であるという仮説に基づき、ドパミン神経を中心にブロックすることで幻覚、妄想を制御しようとするために開発されてきたお薬です。細かなお話をすれば、抗精神病薬ドパミン神経を意識しつつも他の神経系も制御していることもあり、それぞれが独自のプロファイルに基づいた制御を行っていると言って良いでしょう。そのため、構造的な類似性だけで語ることのできない薬剤と言って良いと思いますが、今回はそれを無視し、構造的な特徴にとてもおおざっぱに分類し、歴史を振り返りながら、お話をさせていただきます。

 抗精神病薬の日の出は先ずは、1950年代前半に始まります。当時アレルギーなどに使用されていた抗ヒスタミン薬の効力を増強するための研究などをしている中に、著しく眠気を伴う薬剤が作り出されるようになり、その中に幻覚や妄想などの症状を軽減させる効果まであるという事が分かった薬剤が登場しました。これがクロルプロマジンと言う薬剤です。抗精神病薬で最も古い構造物です。眠気が強いため、当初は手術前の緊張した不眠などに使われ、さらに戦後原爆症で苦しむ広島の被爆者の方に心地よい眠りをもたらすためにこのクロルプロマジンが使用された歴史があります。クロルプロマジンを代表として、この構造物から、興奮性や攻撃性などに効力のあるレボメプロマジンが開発され、一方であまりに眠気が強すぎるという事もあり、眠気を少しでも軽減して日常使用につながらないかと開発されたプロペリシアジンペルフェナジンなどと発展し、最終的に眠気よりも幻覚妄想に強烈に作用するゾテピンと言う薬剤に進化を遂げました。この進化の系列の薬剤をフェノチアジン系抗精神病薬と言います。このご分類は別名称になりますが、この系列の発展系としてオランザピン、クエチアピン、クロザピン、アセナピンなどが現在につながっています。

 次に別の場所での抗精神病薬の日の出がありました。こちらも1950年代ですが、これはヨーロッパの研究所で抗精神病薬を開発している中で生まれてきました。ポールヤンセンという研究者が初めて合成した抗精神病薬ハロペリドールです。ちなみにポールヤンセンという研究者の名前は、このご最終的には、現在の製薬メーカーであるヤンセンファーマと言う会社目につながっています。このハロペリドールは、とても鋭く幻覚や妄想を制御する一方で、その割には眠気が強くない点でクロルプロマジンとは雰囲気の違いを示していましたが、やや作用が強すぎたりするのではないかという事もあり、このポールヤンセンによりさらに改良が続けられ、その後ヤンセンファーマが次々とハロペリドールの改良版の薬剤を発売するようになります。発売中止になったりほぼ現在は処方されていないものも多いため、具体的な薬剤名は割愛しますが、こちらの系列をブチロフェノン系抗精神病薬と言っております。そしてこのブチロフェノン系抗精神病薬が最終的に改良尽くされて、別系列の名前になりましたが、リスペリドンと言う薬剤につながります。おそらくリスペリドンは現在日本で最も使用されている抗精神病薬ではないでしょうか。ただし、リスペリドンは精神科医はさほど使っていません。総合病院で精神科医以外の医師により使用されています。リスペリドンの仲間としては、ペロスピロン、パリペリドン、ジプラシドン、ルラシドンなどが現在存在します。

 現在統合失調症薬物療法では、この2つの系列の薬剤に加えて、アリピプラゾールという大塚製薬が開発した新しい概念の薬剤も含めて登場し、昔に存在した眠気や自発性を押さえ込み、黙らせてしまうような薬物療法から、幻覚や妄想のみをピンポイントに除去し、自発性などを保つことにより社会性を保持した状態でコントロールする薬剤が多く登場してきています。そして、治療の方向性もその方向を向いています。

 ハロペリドールはその点では黙らせる薬剤という事になってしまうため、統合失調症の主軸としての治療からは、ほぼ引退していると言って良い薬剤です。しかし、現在も処方はされ続けているのです。クロルプロマジンも同様ですが、発売されて60年以上経過した現在でも現役の薬剤として活躍している非常に珍しい薬剤です。私も多くのハロペリドールを処方してきています。ただし、統合失調症に対する処方としては、今はほぼ皆無と言ったところです。

 ハロペリドールについては、現在も濃い精神科の議論の中では、最高の薬剤として新薬を発売しセールスをされる製薬メーカーさんに笑顔を振りまきながらこっそり処方をし、使用し続けています。医薬品添付文書に書かれているハロペリドールの使用の仕方は、現在では現実味がなく、専ら、規定量よりもかなり少ない量での使用が今のトレンドとなっています。

 精神神経学会もハロペリドールなど古い抗精神病薬は副作用も多いため、使用を控えて新しい抗精神病薬を使用するように推奨をしています。しかし、微量投与についての議論はなされておりません。現在コアな精神科医が好んで使用するハロペリドールは、微量処方です。錠剤ではありません、錠剤では量が多すぎるため、散在で処方をしています。しかも散在でもあまりに量が少ないため、乳糖などの符経済を追加するというとてもデリケートな処方をしています。このデリケートな量が、とてつもない力を発揮しているのです。そして、とても微量のため、副作用が全く見当たらないという特徴もあります。

 特許というわけではありませんが、この使用のコツについては、コアな精神科医の中で盛り上がりつつ、奥義的処方としてひっそりと隠されているものでもあるため、具体的には伏せさせていただきますが、ハロペリドールの微量は、他のどの薬剤も太刀打ちできない抜群と絶妙な効果を発揮しています。

 

 結論ですが、今回ハロペリドールの話題ではありましたが、発売されて60年もの歴史があるにもかかわらず未だ現役で活躍している薬剤を例にとり、登場したのがたとえ古い昔のものであっても、現在もなお現役と言われるものには、最新のあらゆるものが全力で戦いを挑んでも勝つことのできない底力が存在しているという事を意味するものです。

 新しいものがすべて良いというのは必ずしも言えない事はこの点でも言えるかと思います。古いものは朽ちてなくなるものもありますが、すべてではなく、やはりすばらしいものは、歴史を歩んでも決してくすむことのないものであるという事を指し示しているのではないでしょうか。