ごまウシの頭の体操

認知症、緩和ケアなどが私の仕事の専らですが、これらに限らず、私が得た知見を広く情報発信したいと思います。

ACPの難しさ

 このところ神社巡りなどうろうろと放浪している姿を露呈しておりますが、そろそろ真面目なお話でも…なかなか、思い立たないと書けなくなってきましたね…。やれやれ。

 それはそれとして、今朝、病棟にて、看護数人が集まって、その病棟でなくなられた方についての話し合い(いわゆるカンファレンス)をしていました。もちろん私は参加する立場にないので、横耳を入れている感じではありますが、その事例は、こんな感じの事例でした。

 もともと、夫婦間で、お互い延命治療を希望せず、無理な延命治療を強いられることは避けるように話し合ってあった方のお話でした。この話し合いで登場していたのが、このお二人以外に、長女さんと次女さんだったと思います。

 ある日、夫が、今で呼吸が止まった状態で倒れているのを妻が発見し、救急車を要請、そして、連絡を受けた長女さんと次女さんとが、救急車の到着とほぼ同じタイミングで、詳細は分かりませんが、最終的に病院で合流したようです。その時には、夫は、既に心肺停止状態であったという事でした。年齢は具体的に耳にはしていませんが、そのまま見取っても問題がない程度の年齢(いわゆる平均寿命を超えていらっしゃるほどの年齢)でしたため、妻はもちろん、延命を求めませんでしたが、その場にいた長女さんはそれを受け止めたのですが、次女さんが動揺してその現実を受け止められず、どうしても蘇生して欲しいと懇願され、結果的には心臓マッサージが施され、一時的に蘇生され、人工呼吸器に乗っかった状態で、入院となりました。

 人工呼吸器は、医療者側から、外すことはできないばかりか、積極的に外すことは家族の要望があっても難しいという現状のため、終わりなく、人工呼吸状態の治療が続くこととなりました。幸か不幸か長くは続かず、再び心停止となり、数日で最終的な看取りになったようです。

 この話し合いの中では、次女さんが決して,このご夫婦の話し合いの結果としての延命治療を希望していないことを知らなかったわけではなかったが、その場ではそれが分かっていても延命を求めてしまったという事がその後の看護ケアにどのような振る舞い方をすれば良かったかという事が話し合わせていました。

 今回の事例のように、家族内で、自分のこれから先の治療の方向性について話し合いを行っていくことに、さらに治療者(いわゆるかかりつけ医)とも話し合いを行い、治療を施す側も受ける側も共同で、自分自身の意思がはっきりしなくなったときに、どのような治療の方向性ですすめていくべきなのかと言うことを事前に話し合っておくことが必要であると言われており、この家族内で話し合うだけでなく、かかりつけ医など医療者とも話し合っておくことをACP(Advance Care Planing)と言います。日本語訳については、正式なものは存在せず、カタカナでアドバンスケアプランニングと言っておりますが、私の解釈では、「一歩踏み込んだ治療方針」なんて言う感じで訳し、解釈をしております。

 このACPについては、専ら癌患者における終末期治療に至る前に、どのような治療の方向性を希望しているかという事を早いうちから話し合っておくことでがん治療に関わる職員や私たちのように緩和ケアに携わる職員がよく議論を行っています。

 今回の事例は、医療者が関与していませんが、いわゆるACPの一つと言える話し合いが事前に行われていたにもかかわらず、もしかしたら、本人の本意ではない形での延命になってしまったことの事例になっている可能性があります。そして、いわゆるACPがうまく機能しなかったと言う事になりますが、決して問題があったわけではありません。ACPの方向性を変えてしまったのは次女さんの意見という事になるのですが、次女さんはその時にどのように考えていたでしょう。おそらく、「死なないで!」という気持ちがいっぱいだったんではないでしょうか。もちろん、直接どころか、事例検討をしている看護師達の横にいただけの私に分かる余地はないのですが、冷静出ない状態であることは明白でしょう。

 このように、いざというときに、ACPについて深く話し合わせていても変化してしまうことがあります。このような急変といった事態のように、予測すらできない状況の場合もそうですが、それ以外においても、癌の場合を例にとると、病状の各段階において本人の意思も変化していきます。がんと死んだ直後の時の今後の治療についての思い、ある程度の外科的手術など終えて、病状的に安定したときの思い、さらには、再発したときの心境、さらに癌だけでなく、合併症に伴って苦しくなっているときの心境など、刻々と状況によって変化するものです。もちろんそれを見守る家族の気持ちも変わるでしょう。治療者も方針の変化に左右されることでしょう。

 ACPはよく言われることとしては、リラックスした状況で何気なく、話し合う機会を何回となく行うことが良いと言われています。繰り返し、繰り返し、話し合いながら、方向性を詰めていくのが良いと言われています。状況が変わっても普遍的な答えが出せるくらい話し合いを行うのが良いと言われています。

 さて…こんな言葉のように話し合いはできるでしょうか?毎日毎日ACPの話し合いでは、とても家族も耐えられないでしょう。何気なく通いと言われていますが、それ以外にも日頃の何気ない話題の中から拾い上げることも重要と言われますが…。

 ただ、何も話し合いをせずに訪れてしまった急なときには、数多くの悔いなどが残ってしまうことがあります。

 ご両親の終活について…機会あるごとに話をしてみること…お薦め

 

 

いたします。