ごまウシの頭の体操

認知症、緩和ケアなどが私の仕事の専らですが、これらに限らず、私が得た知見を広く情報発信したいと思います。

ゆったりした家路

 お叱りを受けそうではありますが、しかし、学ぶことは、とても大切と思うところがあり、自費ではあるものの頑張って行ってきました。感染対策を講じつつ、出かけてきたわけですが、その戦略の中で、敢えてゆっくり帰るという考え方も一つかと思いました。行きは物理的なこともあり、開催地には「のぞみ」を利用しましたが、帰りは「こだま」を利用しました。

 行きは1時間45分程度の時間でしたが、帰りは約3時間と倍とは言わないものの結構な時間差がありました。

 こだまに乗りながら、子供の頃の新幹線を思い起こしていました。当時は、O系と言われる丸い鼻の新幹線で、その後食堂車も搭載されたりしていた時代でした。子供の頃は、東京方面に新幹線で行ったことはなく、専ら京都との往復が中心でした。ひかりで1駅、こだまで3駅で到着、兄弟だけで乗り、京都駅に下りると祖母がそこに立っていた…。そんな思い出が脳裏に広がります。そんな祖母も既に99歳という歳で他界しており、記憶だけのお話になります。兄が小学校1年生…だったか、私は、幼稚園児という状況で、名古屋駅から一番先頭車両に乗り、誰も乗っていない車両で優雅にと言いつつも、緊張して過ごしていたら、車掌さんから、「ここは指定席だけど…」と言われて、兄がフリーズしていたのを思い出しました。その後車掌さんが「予約誰もいないから、こっそり許してあげるけど、この車両から出ないようにね」と言われ、1両まるまる兄弟で独占して走り回った思い出が出てきました。車掌さんの宣言の通り、岐阜羽島米原からの乗客もなく、京都で満足して下りて、兄が「指定席だった」という言葉に祖母が凍り付いていた表情を今でも鮮明に思い起こすことができます。

 そのこだまを久しぶりに利用しました。しかし、時代の変遷でしょうか…。自由席1〜6号車と13〜16号車と案内していました。16両のうち10両が自由席で占められているのは、驚きました。そんなに自由席多かったかしら…と思いつつ、その中でリッチにグリーン車に乗車しましたので、どうでしょう、1両に5〜6人と言ったところでしょうか。行きののぞみの乗車率の半分くらいと子供の頃の車両占拠に近い状態で、とても快適でした。

 結局、座席から立ち上がることなく過ごしましたが、頻繁に止まりつつ、頭の片隅で、東海道53次に思いを寄せていました。

 東京→品川→新横浜→小田原→熱海→三島→新富士→静岡→掛川→浜松→豊橋三河安城→名古屋と…全ての駅に停車し、時に数分以上滞在し、隣をトップスピードで走るのぞみをかわして、ゆったりゆったりの旅となりました。本来ならば、在来線を乗り継いで…と言うのもありますが、さすがに疲れますので、やりませんが、急がない出張もたまには良いと思いました。

 ちなみに、ひかりの場合ですが、停車駅が時間帯によって異なるため、よく分からない部分があるのですが、ひかりだと思って乗ったら、ほとんどのぞみと同じ駅しか止まらない、品川、新横浜だけというひかりもあります。

 そういえば、のぞみは確か登場した当初は、全車指定席だったような記憶がありますが、今は違いますよね。ひかりは、昔から自由席はあったけど、ひかりの下位車種なので、停車駅も多いはずですが、少ないものもあり、のぞみよりお値段が安いのでお得ですが、のんびりこだまはもっとお得ですよ。

 …そういえば、新富士三河安城は、新しい駅だったと思いますが、静岡の手前に「清水」という駅はなかったかしら?…調べれば答えは明白なのですが、そのまま放置して、今日のお話は終わりにしようと…。

 

 結論ですが、これから先、45分で名古屋と品川を結ぶ時代がやってくると移動に時間をかけない時代がやってくるのは避けられないところではありますが、のんびりルートも残してほしいものです。のんびり電車の代表格としては、サンライズがありますがのんびり電車はこれからも残してほしいものですね。