ごまウシの頭の体操

認知症、緩和ケアなどが私の仕事の専らですが、これらに限らず、私が得た知見を広く情報発信したいと思います。

アルツハイマー型認知症治療薬の新しい幕開け、光と影

 先日、およそ二日間ほど連日アルツハイマー認知症の新しい治療薬が発売されたことが報道されていました。厳密に言えば、アメリカの健康保険局FDAが条件付きで製造承認を行ったという事が正式な報道です。…と言うことは日本ではまだまだ先のお話です。

 現在アルツハイマー認知症の治療薬は4種類が市場に出回っているのですが、既にすべての製品において先発品の特許も切れており、後発品(ジェネリック医薬品)が発売されています。

 ついこの前、とあるメーカー…いや、もう具体的に言いますがNovartisファーマのMRさんに非常勤先の採用がジェネリックに変わってしまったことを受けて、残念なお話をTeamsを介して行ったばかりでした。Novartisはアルツハイマー認知症の治療薬に限らず、統合失調症といった精神科の治療薬やパーキンソン病の治療薬、さらには、高血圧や抗がん剤など多種多様の医薬品を製造開発しているメーカーさんです。私の印象では、強烈なお薬の開発が多いようなイメージがあり、使用に対してのリスクのある薬が多かったような…。アルツハイマー認知症の治療薬で言えば、イクセロンパッチという製品を販売しています(ジェネリックはでましたが現在も頑張って製造販売中です)。

 これだけ、アルツハイマー認知症の治療薬は、開発が滞っており、そして、さらに新しい治療薬については、今回報道されたアデュカヌマブに限らず、複数の製品が開発されていた物の、次々と開発断念されているという厳しい状況の中、製造承認にたどり着いたため、より一層報道はめざましくなりました。

 アデュカヌマブ、日本語での表現もややこしく、舌をかみそうな名称ではありますが、製品名は今後どうなるでしょう?アメリカでの製造承認とともに製品名も認可されています。ただし、日本が同じ名称を使用するかどうかは別ですので、製品名が登場するのはまだまだ先のお話になります。この医薬品の開発には、いろいろと苦労があったのは、文献などで私も知っているところではありましたが、たまたま、その報道の直後、開発メーカーさんであるエーザイとの直接およびZoomでの面談の機会を得ることができました。

 報道とともに、その報道された日に私は外来をしていたのですが、アルツハイマー認知症の患者さんのご家族から、新しい薬がでたことを報告を受け、実はそのせい増床人の事実を知ったのだという報告をさせていただき、極めて期待の高い物であるという事をお伝えしました。そうすると、なんと既にエーザイとしては、厚労省に申請済みであるということを言われました。…と言うことでいつもの私のメーカーさんへのあおり提案をさせていただきました。

 「そしたら、とりあえず、月内に製品名を決めて、製造承認をもらって、7月には処方させてもらうから、急ぐように」と…。

 もちろん、絶対無理なお話ですが、いつも真顔でお話をするようにしています。MRさんたちをあおったところでどうにもなりませんが、私も、それくらいの期待を持っていることは確かです。

 さて、せっかくなので、アデュカヌマブが一体どんなお薬かというのを触れていこうと思います。この医薬品は、実は、類似薬としては、既に抗がん剤などで市場に出ているのですが、いわゆる分子標的薬と言われる分類に含まれる薬剤で、アミロイドβ(Aβ)のオリゴマー(8量体といって、Aβが8つくっついたもの)に対するモノクローナル抗体薬と言われる物です。まさに呪文のようなも説明になりますが、アルツハイマー認知症は、神経細胞細胞壁の老廃物がおかしな分解のされ方をすることから始まり、その壊れた残骸物が、排泄されることなく、脳神経の隙間に蓄積する病気で、この残骸物が8つくっついた物が先ほど触れたAβオリゴマーです。これが、神経細胞に毒性を発揮し、次々と神経細胞を破壊していくため、有効な神経細胞が減少し認知症を発症させるという機序となっています。このオリゴマーに対して人間が異物として認識することは、実は脳の物理的な構造上通常あり得ないため、異物であるという認識を持たせる抗体ができないシステムとなっています。このため、アルツハイマー認知症は一度なってしまうと止めどなく老廃物が蓄積し、病気はとどまることなく進行して言ってしまうわけです。このオリゴマーという分子を標的にして抗体を薬として作成し投与するというのがこの分子標的薬であり、意味からモノクローナル抗体薬と言っています。

 この機序は、既に、先ほど触れたとおり、抗がん剤では実際に存在します。私の経験の中では、リツキシマブという名前の医薬品がまさに私の研修医時代の分子標的薬でした(既に20年以上前の話です)。医薬品としては、とても新しいというわけではありませんが、この分子標的薬をアルツハイマー認知症で登場されたのは、まさに最新のお話です。

 しかし、このアデュカヌマブは実際は、開発を断念する一歩手前まで追い込まれていた時期がありました。最初に行っていた治験では、プラセボ(偽薬と言ってデンプンや乳糖など薬効のない物質)と比較することで有効性を見出そうとしたにもかかわらず、有意差を見出すことができず、この不充分さのため、FDAからは開発の断念の提案されるまでのことになっていました。しかしながら、発想の転換で、投薬の量を十分量にすると堂だろうかという治験を行ったところやっと効果を確認することができたという事もあり、通常より2倍以上の苦労をした上で、今回製造承認に至りました。なので、開発した研究者達の喜びは人一倍大きく、さらにライバル会社はみな断念していたこともあり、画期的とまで言われました。

 この苦労のこともマスコミは配慮したのか、未来のアルツハイマー病は治る病気のようなとても画期的なように報道されているため、私も、この医薬品の報道にはちょっとためらいを感じるほどの物となりました。

 と言うこともあり、最後にこのアデュカヌマブの光と影についてお話ししたいと思います。やはりきろうして開発したものですので、最後は明るく締めたいので、影の部分からお話ししていきます。

 影と言えば、まず薬効の面ではありますが、オリゴマーを免疫機序で排除するわけですが、当然脳炎のような副作用が登場したりするのですが、医薬品に副作用がないなんて言うことはないのでこの点は割愛します。副作用ではなくて、この機序を冷静に考えていく必要があります。老廃物のオリゴマーを消し去ってくれるのはありがたいのですが、このオリゴマーは、神経細胞が新陳代謝されるたびに製造されていきます。言い換えると、常に投薬を受けていないといけないという事となります。このこともあり、一時期はワクチンにならないかという考えも合ったようですが、副反応が強すぎて断念した経緯がありました。言い換えると、アルツハイマー認知症になってしまったのなら、このアデュカヌマブはかなりの期間投与し続けないといけないという事です。

 そして、次です。一度壊れた神経細胞を作ってくれるわけではありません。言い換えると、アルツハイマー認知症によって生じた認知症症状を治すわけではないという事です。あくまでオリゴマーを除去することで治療開始から先の認知症の進行を止めることです。

 言い換えると、アルツハイマー認知症の今まで異常の早期診断が大切になってくることです。しかも、この治療薬は、アルツハイマー認知症のみの治療薬で、今までのアルツハイマー認知症の治療薬のように、なんとなく他の認知症に対しても結果的には効果があったというような物ではありません。あくまでアルツハイマー認知症の機序だけに作用する物です。そのため、診断はとても厳密になるのですが、その厳密に定めるための検査が現時点ですべて保険診療で認められていないものであることです。もちろんこれはいずれシステムを作って製造承認されるまでに完成されるでしょう…と期待しておきます。

 最後に、これは、薬価です。比較になるかどうかは分かりませんが、同じ分子標的薬であるリツキシマブは現在においても、薬価は20万円近いものとなっています。もちろん製造過程も全く同じというわけではないため、一概には言い切れないのですが、医薬品としては、かなり高額な物となることは、まず間違いありません。アデュカヌマブは18週投与や78週投与と言った治験があるため、条件付き承認のFDAからの情報ではおそらく具体的な投与期間などを記載してあるでしょうけど、継続的な治療が必要と考えられそうなので、まさか…数千万円とかにならないだろうか…と気になるところです。。

 しかし、ここまで影のお話をしてきましたが、今までの治療薬とは大きく異なる光というものが存在します。今までの治療薬は、次々と破壊されていく神経細胞の中で生き残っているわずかの神経細胞に対してブーストをかけて活発に活動させることにより、認知機能の一時的な回復と、その結果として脳全体の活性を保つことで、認知症の病態の進行を遅らせる物でした。しかし、遅らせるのであって、進行を止めるものではないため、最終的には重度の認知症となり、脳は荒廃しきってしまうと言うのが避けられませんでした。

 アデュカヌマブは、アルツハイマー認知症に限ってではありますが、神経を壊してしまう物質そのものを除去するわけですので、治療が始まると、神経の破壊は止まります。言い換えると病気の進行が完全にストップするわけです。これはとても大きな意味があり、たとえ認知症の症状があったからと言っても、脳神経は脳梗塞のあとのリハビリテーションでおわかりいただけるかと思いますが、頑張ってリハビリをすると年単位で徐々にゆっくりではありますが回復することができます。アルツハイマー認知症の進行を完全に止めることにより、回復させる方向への道筋が開けるという事になります。さらに言えば、これは認可されるかどうか分かりませんが、このアデュカヌマブに既存のアルツハイマー認知症の治療薬をかぶせることにより、認知機能はさらに回復し、リハビリを積極的に進めることができ、さらに回復が促進することも期待できます。

 

 最後に光の部分を語りましたので、すばらしいなって感じたではないでしょうか。新しい薬が登場するには課題もたくさんありますが、この課題も是非乗り越えていけたらと思います。

 なお、エーザイがこの発売をわざわざ私の報告しに来たのかと言えば、実際は、同社が現在販売中である睡眠薬であるデエビゴという医薬品のあくまでセールスでした…。エーザイ様、デエビゴ既に知っております。適切に使用をさせていただきますのでよろしくお願いいたします。