ごまウシの頭の体操

認知症、緩和ケアなどが私の仕事の専らですが、これらに限らず、私が得た知見を広く情報発信したいと思います。

新しい活動を始めるためには…

 2週間ほど前から、神社巡りを始めた私ではありますが、神社の神々のお力がいよいよ舞い込んできました。…なんていう感じで露骨に神様型にお力を享受できるという事は小説より奇なり…となりますが、さすがにそこまではないにしても、新しいことを始めていることについて、周囲への影響は着実に到達しつつあるかもしれません。

 神様のお力は、もっともっと自力でできない部分にお願いしたいところではありますが、新しいことを初めて取り組んでいるという事が、周りの方々に知ってもらえると、それを見て、皆がそれぞれ思うところから頑張りたいと思ってもらえる影響を与えることができればとてもすばらしいことです。

 新しい活動を始めることは、どうしても普段にない力を使わなければなりません。新しい活動について、賛同を得るばかりではありません。当然ながら新しい活動は他らしい変化をもたらすものでもあり、その変化に対して不安と恐怖を感じる人たちがいることは確かです。もちろんその人達は新しい活動に対しては、壁となる存在ではありますが、壁となる存在でありながらも、決して妨害者というわけではなく、壁となっている理由を十分理解すれば、大切な味方として見守ってもらえるものです。

 新しい活動に対しては、やはり先導する力がどうしても必要になります。先導するためには、やはり、先導する側の勢いが必要になります。その勢いが心地よいものでないと、周りの人たちは、その勢いに乗りたいと思わないでしょう。その勢いは、口頭だけの勢いではやはり誰もついていくことはないでしょう。新しい活動を気持ちよい勢いで動いている姿を見てもらうことで、みなが新しい動きに対する勢いを得て協力してくれることとなります。

 私の始めた神社巡りは、おそらく、力量的には決して全力疾走でもなく、「お楽しみ」あるいは「趣味活動」程度ではありますが、実際5時間前後歩き続けた結果として、歩数が2万歩を優位に超え、10km以上の歩行距離などを見ると、やはり驚いてみてもらえます。そして、楽しみながら行っている新しい趣味活動に対して、「私も新しいことやってみようかな…」なんていう気持ちの同調した発言がみなから聞かれるようになります。

 「コロナだから今は新しい活動ができない」が専らの常識のようですが、コロナだからできないでしょうか?私の行っている神社巡りは、決して著名な大きな神社を巡ることはしておりません。そのため、人とのすれ違いは、ごくわずか。都会の街中を歩くわけではないため、自然の新緑の空気を気持ちよく吸うことができ、人の中ではやっているコロナとは無縁の空気を感じることができます。ただし、余談ではありますが、神社の裏山などには、「スズメバチいます。イノシシがいます」などと言った注意書きが出てくるため、自然の驚異の方が隣り合わせとなります。

 もちろん新しい活動の中には、神社巡り以外にも様々な活動はあるでしょう。コロナだからできないという概念を打ち破り、そのうち破りが心地よく、しかも誰からの批判も浴びないようなすがすがしいものではあれば、皆の支援を得ることができます。

 どのような状況でも、新しい活動はできます。そして、その活動をすすめるためには、率先して新しい活動を安全な形で実践することにより、活動に対するすがすがしさを見てもらえれば、自ずと、その活動についてきてくれるでしょう。そして、同時にその新しい活動があからさまに不適切であるとすれば、それを修正しようとする意見も多く生まれてくるでしょう。

 

 さて、本日の結論ですが、まさに持論の塊ではありますが、新しい活動を始めるためには、ブレーキをかける変化に不安を抱く方々もいるのは確かですが、その方々を味方に引き込むことにより活動は大きくなることが可能なため、その活動以外の側面での新しい活動を安全な形で初めて、実践している姿を見せることが重要でしょう。私の始めた神社巡りが、これからも続くことを…と祈りつつ、それが何らかの形で、新しい活動にフィードバックされればと思うところです。