ごまウシの頭の体操

認知症、緩和ケアなどが私の仕事の専らですが、これらに限らず、私が得た知見を広く情報発信したいと思います。

公用語としての日本語

 ごまウシが通勤に使っている電車では、よく外国の人を見かけます。一人の場合もあれば、複数人でおしゃべりをしながらのこともありますが、基本的には彼らの母国語と思われる言葉でおしゃべりをしています。

 そして、隣に知人の日本人がいれば、日本語をお話しし、時には、通訳のようなことをしてくれたりしています。

 そんな風景で思い出すのが、小学校から中学校までの時の韓国から来た友達のことです。

 ごまウシの実家のそばには、韓国領事館があり、最寄りの小学校であり中学校であったため、領事館のご子息が通っていることもあり、同級生にそんな子がいたりしたのですが、その時に、二人領事館の職員を両親に持つ子が同じクラスにいたことがありましたが、一人は、韓国語と日本語のバイリンガル、もう一人は、韓国語と英語のバイリンガルでしたので、英語とのバイリンガルの子とは、英語で会話をする形になるのですが、さすがに、難しいため、もう一人の友達に、韓国語を通じて通訳してもらったりするものでした。

 二人の友達の間ではいわゆる公用語しては、韓国語と言うことになります。二人でいるときはもちろん韓国語でしゃべっているので何をお話ししているのか分からなかったり。なんとなくうらやましいような思いを抱いたことを思い出として持っています。

 

 さて、電車で見かける外国の方は、基本的には、同じ国の方が多いのか、ブラジルの方ならポルトガル語であったり、フィリピンの人だったらタガログ語だったり…という感じで、彼らの公用語としてはやはり母国語である言語にはなります。

 

 今回初めて見かけたのは、外国人同士が、それぞれ違ったイントネーションの日本語を使って会話をしあっている姿です。ごまウシの類推では、手前にいた人がブラジルの方で、奥にいた人がベトナムの方かな…という感じで、いわゆる母国語が異なる方々が二人並んで座って会話をしていたのです。その言語が日本語であったのです。もちろん、日本ですので、日本に来られているわけだから、日本語をしゃべるようになることは自然な流れではありますが、どちらの方も母国語としては異なる日本語を公用語として共有して会話を楽しむことが出来ていたのです。

 

 日本語は、日本人にしか活用されず、日本以外では、基本的には通用しないの基本なので、日本語を公用語として考えることはあまり想定されないため、英語のように、母国語にしない方同士が慣れない言語を使ってコミュニケーションを取り合うことは見かけることはないのですが、この電車では、日本語を公用語として、会話を楽しんでいたわけです。

 

 日本に生まれ、日本で育ったごまウシとしては、ちょっと嬉しい思いになれた瞬間でした。

 

 日本語、これからも大切にしていきたいものですね。