一人歩きをし始めた保険病名は、ついに、患者本人の姿を変えてしまうと言う事態に発展していきます。
病名は、あくまで医師が診断するものですが、診断は、診療録に時には英語表記であったり、略語であったりします。なおさら分からない世界に入り込み、診療録からは、誰も分からない世界となってしまいます。
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#1 MCI due to AD
ADL OK, IADL OK, but amnestic MCI is exist.
probable AD
D/D DLB
P) brain MRI, SPECT, labo check
#2 IHD of Inferior wall s/o
ECG; horizontal decreased ST-T changes in II, II, F
P) consultation
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ここまで来ると、すがるところは、保険病名だけとなるでしょう。
さて、最初に登場した高齢者のお話を思い出してみましょう。誰も診断したはずのない、アルツハイマー型認知症の病名が、施設からの情報の文書に書かれており、それを看護師が読み起こして、看護記録に記載をしていたものでした。
しかし、施設職員には、まだ認知症の診断はできていないとお伝えしていた訳なのですが、なぜか、そのような文言が記載されていました。
そして、さらに追求をしてみると、情報は、同席していなかった介護士がほとんどの部分の穴埋めを行い、看護師が、サマリーを記載していたという事でした。病名は、どうやら、病院の看護サマリーを参考にしていたという事でした。
ただし、入所時の診断書(医師が記載)には、認知症の病名すらなかったとのことでした。
分かっていただけましたか?
そうです。前の病院のカルテの表紙に出ていた保険病名を看護師がそのままサマリーの中の病名リストに載せ、看護経過記録を記載して、施設側におくってこられたという事になるのでしょう。もちろん、看護師が、保険病名を利用することは、いけない事ではありません。貴重な情報源となっていますし、「保険病名」という言葉を知っているのは、病名診断を行う医師と医事課職員だけで、他の職員は知りません。まして、保険病名が一人歩きをする現象があることについて看護師が知っているわけではありません。
推測の域は越えませんが、前の病院の入院のせん妄症状に対して、アルツハイマー型認知症の保険適応の薬剤を一時的に使用してせん妄を抑えようとトライした経緯があったのかもしれません。あるいは、疑い病名として、頭部の精査を行ったのかもしれません。
いずれにしても、前の病院の担当医は、認知症の診断はしていないようですが、保険病名が一人歩きをして、その方をアルツハイマー型認知症に仕立て上げてしまったというわけです。
保険病名の怪…誰も診断した記憶にない病名が、本人の病名として、引き継がれてしまっていく事実が実際存在しうるミステリーでした。
そのサマリーを読んだ看護師が、当院でもアルツハイマー型認知症が既往にあると記載することで、当院を退院するときの看護サマリーに既往歴にアルツハイマー型認知症を引き連れていくこととなります。
行った診療行為に対して、きちんと請求したとおりに保険者にお支払いいただくために、保険病名をつけていくという事にはじまり、業務方から代行業務の一つとなり、その代行業務に対する承認行為が煩雑化することにより、十分な確認がなされないことにより、医師の診断とは異なる疾患が保険病名として、施設をまたぎ引き継がれていくという奇妙な現象が発生するという、怪事件のお話でした…。
ちょっとした、ホラーな物語になりかねない、現実のお話ですよね。