保険病名の一人歩きについて、さらに、詳しくお話ししていきます。
診療録に記載されている病名は確かに医師がつけたもので、診療録にインデックス化されているものの、文章の流れの中に記載されているため、決して、別の所にきちんと現れるものではありません。メモも箇条書きみたいなものです(実際、診療録は、医師がメモ帳のように欠いていますが、立派な公文書です)。
そのため、カルテの表紙を飾る病名達は、医事課が代行で入力した病名達になります。
例えば、とある患者さんを診察した医師が、専門外の領域に遭遇したときに、しかし、その目の前では処置を求めている患者がいて、紹介状を作成するほどではない…と判断した場合、「とりあえず」治療を開始するなんて言うことをしたりします。
90を越えた高齢の男性が、家族に連れられて、来院。最近もの忘れがひどいと…。(当クリニックには、CT等の検査器具がないが、超高齢者でもあり大きな病院を紹介するのは負担だろうし…もの忘れならば…認知症か…とりあえず、認知症と言えばアリセプトだ)
診療録には、こんな感じの記載がありそうです。
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#1 認知症
#2 高血圧
#1
息子から忘れがひどいと…認知か?
→とりあえず、アリセプトを開始する
#2
BP 168/96
まだ、だいぶ高い。アムロジピンを増量してみる。
2.5mg→5mgへ
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医師は、認知症と高血圧と診断したものの、カルテの表紙には、その後、この薬剤達の適応病名が、医事課の手によって代行で入力されることとなります。それが、アリセプトに対してアルツハイマー型認知症(新規に登場)、アムロジピンに対しては、高血圧症(繰り越し)となります。
なんと!
アルツハイマー型認知症と診断していないにもかかわらず、カルテの表紙には、アルツハイマー型認知症が登場してしまいます。これは、アリセプトがアルツハイマー型認知症に適応があるのであって、認知症に対する適応薬ではないからです。
ついに、アルツハイマー型認知症という保険病名の一人歩きが始まりました。
さて、別の事例を出したいと思います。
これは精神科の外来でのお話。診療録の記載をサンプルで出しましょう。
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#1 bi-polar (躁うつ病のこと)
先月あたりから、衝動買いが増えて、借金をしてしまった。この前まで、やる気も何もなかったのに…と。
目がギラギラしている。
外来ナースからは、受付でジムと大声でケンカになりかけていたという。
Agitation(イライラ)もかなり強いため、デパケンを処方して気分安定を図ることとした。
#2 Depression(うつ病のこと)
今回のエピソードからすると、#1へ移行して考えた方が良いか。
Drug inducedかも?
前回から始めたパロキセチンはいったん中止することとした。
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保険病名がさらに一人歩きをしてしまう原因がこのカルテ記載には、新たに加わっています。病名を英語表記にしていたりすること自体は、医事課の職員に病名を入力する際の参考にできなくさせるきっかけとなります。(”()”は補足のためにつけたもの)
ここで、デパケンという薬については、適応される病名には、躁うつ病だけでなく、てんかんも存在し、てんかんの方がデパケンの使用としては、一般的であったりします。そのため、代行入力される保険病名が、てんかんとなってしまう場合も存在します。それに、担当医がうっかり承認してしまうと、てんかんがカルテの表紙の保険病名を飾ることとなります。
認知症とアルツハイマー型認知症ならば、似たものどうしでなんとか片付けられる一人歩きですが、躁うつ病とてんかんでは、全く別人が一人歩きをしているようなものです。
一人歩きした保険病名が、実際の患者の姿とは全く別の姿となって歩き出し始めました。