ごまウシの頭の体操

認知症、緩和ケアなどが私の仕事の専らですが、これらに限らず、私が得た知見を広く情報発信したいと思います。

理想的な精神科医の像(自論)---2---

 このところ、まとめて書いて、小分けにして投稿するスタイルが続いておりますが、1回の投稿の長さがどれくらいがいいか…悩んでおりますが、長すぎると、おそらく続けられないでしょうから、このくらいの分割にしております。ご了承お願いいたします。

 

2.精神科医には流派のようなものが存在する

 このお話については、患者の立場からすると、不思議でならなくなる部分かもしれませんが、確かに、流派のようなものがあり、その流派によって診断が変わってしまう傾向があります。ただし、病名が変わっても不思議なことに、向いている方向は同じなため、治療方針には変わりがないという特色があります。これが、同業者である身体科医師に対しても感じさせる混乱の元と言えましょう。

 例えば、「非定型精神病」および「老年精神病」と言った病名が代表的な事例と考えられます。「非定型精神病」については、この病名自体を容認しない流派が存在します。同じく「老年精神病」も病名の存在自体を認めない流派が存在します。しかし、「非定型精神病」および「老年精神棒」という病名を与えることができない流派の医師は、それらの病名を与えることができる医師がそれぞれの病名を与えて診療してきた経過を理解できないわけでもなく、治療の継承ができないわけでもありません。そして、それらの病態を知らないわけでもありません。詳細は省きますが、これらの病名を使わなくても他の病名を割り当てて治療を行っているため、頭の中で置換して治療を継続したりしています。明らかに混乱の元ですね。

 診断病名については、形式的なところがあるため、最終的な影響は小さいのですが、流派によっては治療方針が異なるというのはただ事ではありません。この点については、力動精神医学などと言われている精神の向いている方向性を考えながら、診療を行っていくと、注目する方向性の順番によって治療方針が変わってくると言うものです。

 例えば、「Aさんが、気分の抑揚が激しく、周りの人を振り回してしまう」と言うことで、受診されたとします。その場合に、ある流派の精神科医は、「まず気分の波を制御して、冷静な状態を作り出してから、周りの人を振り回してしまう思考の傾向などに対しての精神療法を行っていく」と言った治療方針を打ち立てるのに対して、別の流派の精神科医は、「周りへの振り回し行為に対して精神療法を施すことで解消させた上で、気分の抑揚の制御を治療していく」といった治療方針を立てる場合があります。また、同時並行して行うという手法もあるでしょう。最終的には、同じ治療となるのですが、アプローチが異なっているため、混乱の元となります。

 このため、精神科については、はしごをしたり、コロコロと担当医を変えると、わけ分からない状態に陥るから、しばらくは、相性の問題があっても、「じっくり一人の精神科医と向き合うのが良い」と言われます。治療プランを立てて行っているので、一貫している点では改善が早い。はしごすれば、治療方針は一からやり直し、あるいは、順番が違うため修正して、位置に戻し、それから再スタートという事も多々ある話です。

 

 

Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders: Dsm-5

Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders: Dsm-5