ごまウシの頭の体操

認知症、緩和ケアなどが私の仕事の専らですが、これらに限らず、私が得た知見を広く情報発信したいと思います。

恐怖を知らない病気

 恐怖を感じるという経験は、当然垂れでも当たり前のように感じたりするものですが、実はこの恐怖が分からなくなる病気というものが存在します。

 ただし、この恐怖を感じられない病気は、とても希な疾患となるため、ほぼそのような体験をする方は周囲に耳にする事はないでしょう。

 

 今回話題として触れるのは、扁桃体と言われる脳の一部の構造物の損傷に伴った障害で恐怖という感覚を失う病気が存在する話題を出したいと思います。

 

 恐怖と言えば、肝試しやジェットコースター、バンジージャンプと行った体験から、猛犬に襲われたり、誰かに襲われそうになったりするといった体験など、誰しもが何らかの経験があるのではないかと思います。

 この恐怖は、機序的には複雑さがあるため、単純な説明はできませんが、この扁桃体という部分が障害されると、失ってしまう感覚と言われています。脳機能障害で左右に存在する扁桃体が両方とも障害されたとき、この恐怖を感じられない状態になると言われており、そのような状態に陥られた方の物語がありました。

 

 実際動物において両側の扁桃体を破壊した実験などにおいては、恐怖を感じられなくなるためか、その動物の行動は、怖さ知らずの無敵のような振る舞いをするようになります。

 恐怖を感じるはずの猛獣の前でも平気で過ごせたり、危険な箇所も平気で移動できたりと…。怖さ知らずというのは、勇敢ともとれそうな行動になります。

 しかし、現実の野生の生活においてこの恐怖を感じられない怖さ知らずの行動は、非常に危険な状態で、扁桃体を破壊した動物は、ほぼ確実に短命で終わってしまうようです。具体的には、食料としての飢餓などもなんとも思わないこともあるのですが、一方で毒のものでも平気で食べてしまったり、また、襲われる恐れのある動物の前でも平気に行動してしまうため、襲われて餌食となってしまったり…。

 

 人間においてはどうだろうか…となると、人間の場合は、単体行動ではない社会のコミュニティーが守ってくれていることもあるため、恐怖体験をしなくてもそれなりに過ごすことが出来るようです。

 ただし、身の危険察知が欠けてしまっているので、例えば、拳銃を顔に突きつけられても、全く動じないような、極めて危険な心境となり、危険回避が遅れてしまうところがあります。

 

 恐怖というのは、思い切った行動の妨げとなるため、日常生活の行動には妨害となるように感じられる部分がありますが、とても本能的な機能で、生命を守るために必要な、ところとなるようです。

 恐怖を失ってしまうと、一見すると大胆な豪快な行動が出来るという風に感じられがちですが、危険が避けられないという恐ろしさがあることもあり、生きるために必要な本能的な部分だということが分かります。

 因みに、学習能力は欠けているわけではないため、扁桃体が障害されている場合には、恐怖というものは、「恐怖」と解釈されるのではなく「心配」と解釈されるようで、さらに言えば、「そうあって欲しくない」という願望のような思いになり、恐怖体験のようなものをすると、不快に感じることは出来るようになるようです。