ごまウシの頭の体操

認知症、緩和ケアなどが私の仕事の専らですが、これらに限らず、私が得た知見を広く情報発信したいと思います。

交渉すると言うことは?

 ごまウシが普段日常診療の中で行っている診療行為は、「交渉」という次元からは、ほど遠いものがあります。強いて言うならば、「薬を出してくれ」に対して「出しません」と判断した場合に、薬を処方しないことに納得頂くためのやりとりは交渉という事になるでしょうか。ただし、この交渉は、結論ありきの交渉になるので、交渉と言うほどのものではないと言えます。

 

 最近では、多くの方から、「交渉」というものについてのアドバイスや指導を頂く機会をたくさん得ることができました。目からうろことも言える事柄も多々あり、ごまウシはおそらく交渉をするとなった場合には、全てにおいて妥協の塊になりそうな所がありました。

 交渉の「渉」は大元は、文字の通りですが、川を渡ることであったりするのですが、その川を渡るためには、その川の情報が必要でしょうから、広く見聞する意味になったり、それから渡るときには、川に入ることになるため、関わるという意味があったりします。

 交渉は、関わりを交えることでもあるため、この川を渡るために、どのようなルートをたどるのかといった戦略を立てるような形のものと言えるかと思います。

 そうすると、今のごまウシの交渉力の場合は、川を渡ろうとしたら、気付けばそのまま下流に流されてしまうと言う事になってしまいます。これでは交渉にならないわけですよね。

 最初に話題を振れました、薬を出す、出さないでの交渉の場合は、診療の場で患者の要望に応えてあげようとして妥協すると、これは交渉の中では、川に流されてしまうと言う事になると考えられます。一方で、処方をしないことを一貫して貫き通すようなやりとりができれば、川を渡るという事になります。

 

 交渉の場合は、このように、川向かいに無事に到着するために、どのような川のルートをたどるかを流れを見ながら、調整していき、最後に対岸に渡りきると言う事です。対岸は、絶対真向かいとは限りませんよね。少し下流になることも上流になることもあるとおもいます。最終的には、対岸に行けばいいわけですからね。

 

 このような交渉の話題について、ごまウシが目からうろことして感じた事柄に、交渉は「説得」かと思っていたのですが、実はそれでは、渡るべき川の性状を把握することができないため、むしろ、説得ではなくて、調査としての「質問」を展開することが重要になると教えて頂きました。

 川の性状を把握するため、意見の食い違ったりする部分については、自分の意見を押すように説得するのではなく、相手の意見に対してそりが合わないところを質問して、それがなぜそうなっているのかを具体的に、むしろこちらが納得できるように聞き続ける物であるという事を伺いました。

 確かに、事細かに質問していたりすると、相手が論破しようとする勢いの交渉に臨んでいても、あまりの事細やかな質問のため、強引な誘導に乗せることができず、状況の摺寄せがむしろ平等に行われるようになるというものとなります。

 交渉という事は、さほど頻度が多いわけではありませんが、どうしてもなんとか前に進みたいと考えた場合には、説得ではなく質問であるという事に重点を置くとよいでしょう。