ごまウシの頭の体操

認知症、緩和ケアなどが私の仕事の専らですが、これらに限らず、私が得た知見を広く情報発信したいと思います。

精神科診療について考える3

 本日のテーマとしては、ごまウシが考える医師としての精神科診療の方向性と展望について考えてみたいと思います。

 精神科診療は、昨日まで触れていたとおり、診療の道具は「口」です。決してメスを持ったりするわけではありません。そのため、誰でもできてしまうことは確かなのです。

 ただし、精神科診療については、当然医学的根拠というデータを集め、その上で秩序だった精神療法を行っていることが確かになります。その点では、医師として学び、経験するという事の必要性が存在することがあります。ただし、これについても、医師免許を保有していなければ、学習することができないと言うわけでもありませんし、現場で学ぶことも、様々な方法で学ぶこともできるでしょう。

 唯一、医師でないとできないことは、お薬の処方ですが、ごまウシとしては、そちらを主力にすることはあまり前向きに考えていないため、「口」医師としてのメスのような扱いで、行っていくための方向性として考えてみたいと思います。

 確かに冷ややかな目で見れば、ごまウシの考えている方向性は、必ずしも医師でないとできない資格に束縛されたものではありませんが、発言する一つ一つについては、国が認めた医師免許の責務に担保するものとして考えております。

 

 それが、やはり、こころをcureする事ですね。カウンセリング、占い相談でも確かにcureあるいはtherapyとしての位置づけはありますが、診療行為として国が認めた形でcureを行っているという事になるため、金銭的契約ではなくて、国家プロジェクトのひとつとして取り組む姿勢であるというところに、区別をしていきたいと思います。ここで、おことわりですが、「金銭的契約」という表現はとてもとげとげしいものだと思いますが、あくまで、医師としてと言う意味合いでこのようなとげとげしい表現で区別しているため、カウンセリング、占いを商売的視点で見ることを示しているわけではありません。

 国、厚生労働省が、保険診療として精神科を認めていることは、何をすることを求めていることだろうか…と言うことを考えてみると、みえてくるものがあります。

 これは、医療費をかけることで国民が心理的な健康を導くことができるようにすることです。心理的な健康という表現がわかりにくいので、さらに言えば、「国民の幸せを導くこと」でしょう。もちろんカウンセリングや占いもこれをテーマとしている場合は多々ありますが、国家プロジェクトではありません。

 精神科診療は、国の施策として、広く国民を幸せにすることがテーマとなっており、そのため、保険診療として認められているものと考えることができます。

 外来を受診される、様々な心の問題を抱えている方が、心の問題を解決し、幸せにすることが単純にはお仕事になります。ただし、心の問題は、必ずしも解決するわけではありません。心の問題の中には、物理的な問題であったり、器質的な問題であったり、薬物療法や精神療法では解決しないものも多々あります。そういった場合に、精神科が果たすべき役割があると考えております。

 これが、心の問題に溺れてしまわないように、心の問題と上手に向き合えるようにガイドをし、問題に向き合いながらも幸せな日々を過ごせるように導いて行くことでしょう。そのことにより、国家プロジェクトで言えば、お仕事など集中できなくなっていた心理状態をお仕事に向けられるように誘導し、その結果として収益を得れば、税金が発生し、国家財政に少しでも助力できる…と言うものになるでしょう。

 精神科診療で、国民が幸せになれば、税収が上がり、国家財政を少しでも上向きにさせる。これが精神科診療の実は真髄ではないかと…実利的にはごまウシは考えております。

 

 さて次が最後になりますが、ごまウシが、この実利的な思考の中で、最終的に診療理念としてどのように考えながら悩み突き進んでいるかを語ろうと思います…どんどん、ごまウシは自分で自分を美化してしまっているようで恐ろしくなってきましたが…次は現実はともかく理念的理想的な目標を持って執り行っていることを語ります。