ごまウシの頭の体操

認知症、緩和ケアなどが私の仕事の専らですが、これらに限らず、私が得た知見を広く情報発信したいと思います。

電話を忘れる

 現代社会において、携帯電話やスマートフォンは生活上の必需品となっており、多くの方が肌身離さず過ごされていることでしょう。ごまウシは、普段あまり電話をしない、あまり連絡がつかない…などなど、お叱りを受けるくらい、電話を活用していない一人ではありますが、それでも、リュックやカバンにはきちんと収めております。(肌身離さずよりは持ち歩くと言う表現が適当でしょう)

 

 本日、何気なく考えごとをしていたせいか、充電してあったスマートフォン達をリュックにしまうことなく、通勤をしてしまいました。電車の中で、リュックのファスナーが開きっぱなしになっているところで、しまうのを忘れていたことに気付きました…もう、戻れません。そして、その日の夜は当直…二日間スマートフォンを持たずに過ごすこととなりました。

 

 電車に乗っているとき、そして、当直のために移動している時間など、ともとに連絡手段を持たない状態が発生することに少し不安を感じてしまいました。

 

 何だろう…この不安…

 冷静に思い返してみると、この連絡が取れない不安というものは、現代人の文明技術によって発生したものではないかと、感じました。

 平成、いえ、昭和の時代までさかのぼったとき、私たちは、普段、持ち歩くような電話などは持ち合わせていませんでした。連絡が急に必要になった場合には公衆電話。それがない場合は、諦めていたように思います。

 今はと言えば、すぐポケットから連絡するための道具であるスマートフォンが登場します。ごまウシの場合は、それがカバンやリュックから、ゴソゴソしながら登場します。ごまウシのようにすぐに見られないような場所にしまい込んであっても、連絡しようと思えば、取り出すことが出来ます。

 何かあったときに連絡が取れる…この安心感を無意識のうちに獲得をしていたようです。なくなった瞬間に普段使っていないスマートフォンが恋しくなってしまった瞬間を実感しました。

 電話がなくてもなんとかなった時代…いまは、誰かとすぐつながるような状況でないと落ち着かない時代…。人類は、技術を獲得し、力強く前に進んでいるのでしょうか?または、技術により、人類はますます弱々しくなってきたのでしょうか?

 

 いろいろと考えさせられる瞬間でした。