ごまウシの頭の体操

認知症、緩和ケアなどが私の仕事の専らですが、これらに限らず、私が得た知見を広く情報発信したいと思います。

嘘つきと作話

 作話(「つくりばなし」と読まずに「さくわ」と読みます)と嘘つきとは実は違いがあることを知っていますか?

 作話というのは実は精神疾患としての症状の一つで生理学的には脳の前頭葉と言われている部分の機能障害から生じる現実には存在しない事柄を当たり前のように語ってしまう現象です。

 嘘つきは、前頭葉機能障害ではなくて、本来の機能として、自己にとって都合の悪い状況について、隠蔽するために恣意的に話題を作成することで、自分の状況が有利となるように話題を展開するものです。

 悪意があるのは、うそですね。作話は実は悪意などは全くありません。そのため、あからさまに事実ではないことであっても、真顔で真剣にお話をされたりしますし、うそと違って、作話は、時にはその話題展開によって自分にとって不利な状況になるような話題展開があったりします。

 

 精神科の診療の中では、実はうそも作話もどちらもあるため、鑑別は難しいときはあるけど、ごまウシの方針としては、先ずは「信じること」から始めます。信じている中で矛盾が生じた場合に、その矛盾が「うそ」によって生じたのか「作話」によって生じてきたのかを鑑別しつつ、敢えて咎めることはしません。

 うそは、担当医に本音が語ることが出来ない体裁をつけるための戦略的なものなので、関係性が構築できていないという事になるため、矛盾を受け止めつつ、矛盾がなくなるまで粘り強く信じ続けてあげるようにしています。

 作話の場合は、その話題展開が本人にとって不利となる場合があるため、可能であれば第三者の介入をお願いするようにしています。病的に話題が作成されている訳なので客観性が重要になります。

 ちなみに、うそでだまされ続ける事柄としては、眠れる、眠れないと言った話題であったり、余っているのに薬がたりないといったような事だったりします。症状の訴えに対してうそをついたりする理由としては、薬など多めに欲しいという欲求からによるもので、めったにないのですが、時には横流しだったりため込んで衝動のみの準備であったりすることもありますが、いずれにしても、人事手あげることで後々そのようなトラブルがあったり、在庫が大量になったりしていても、咎めません。大量服薬した場合には、その行為に対しては説教をし、うそをついてため込んだことに対する咎めではなく、行為に対しての咎めと対策を講じます。

 結果的には、うそを咎めなくても、うそをついたことが結果的に自分にとって不利な結果となり、一般的には、うそをついても信じ続ける担当医に対して罪悪感を感じ、自ら懺悔することが多いです。

 

 うそと作話、随分と違います…そんなお話でした。