最近、職場の職員に相談頂いたことがありましたが、まさにタイトル通りのお話と言っても過言ではありません。
その方の相談は、その部署の「売り上げを上げるためにどうしたらいいのか?」という事柄を理事長に言われたため、いろいろと考えているうちに夜が眠れなくなったというものです。
もちろん、その方はとても真面目で一生懸命であるという事もあるのですが、一方で、その方が困惑していることは、売り上げが芳しくなくて、とてもひどく叱られた上で問題提起をされているのではなく、オーナーに慕われた上で、問題提起を励まされながらされたというものでした。
当然、慕われ、頼られたうえで問題提起をされれば、職員としては、必死になってなんとか答えようと考えてくれます。
しかし眠れなくなったのは、次の問題があったからなのです。
せっかく答えを用意したところで、その答えが明瞭であっても、考え直してくれと言われた上で、同じ問題提起を改めて出される。そして、形を変えて説明するも、分かったといいながら、しばらくしてから問題提起を改めてされる…最終判断はオーナーにあり…と言うところまで詰めているのですが、それでも明言を避ける…。
職員は、オーナーのために必死になって、頑張ってくれるのですが、最後の決断をオーナーがしなければ、そこで堂々巡りとなり、せっかく考えた従業員も落ち着かずに不眠に陥ってしまいます。
こんな時にオーナーの「それでいこう!」となったときには、従業員は、不眠が解消するだけでなく、憂鬱な日々もなくなり、輝かしい気持ちで、プロジェクトに載っかることでしょう。
従業員と管理者は、やはり、一心同体と考えてよいと思う部分があります。管理者のために従業員は色々と知恵を絞ります。やはり、それに答えるのが管理者の役割と思います。従業員の案を取り入れるかどうかは、時と場合に寄りますが、いずれにしても、最後の英断は、その従業員の色々な悩みを吹っ飛ばしてくれるでしょう。
英断…。とても大切なことですね。