ごまウシの頭の体操

認知症、緩和ケアなどが私の仕事の専らですが、これらに限らず、私が得た知見を広く情報発信したいと思います。

徘徊は、五里霧中の世界

 日常の診療の中では、徘徊患者さんをよく見かけるわけですが、実際に街中を徘徊しているご老人を目にしたことはありません。先日は外来で家族から、幹線道路の中央分離帯を歩いているところを発見して、連れ戻したと報告いただきました。どれくらいの時間中央分離帯を歩いていたのか不明ですが、とにかく発見されたという事でホッと一安心ですが…ふと…発見までの間にかなりの数の車がわきを通り過ぎていただろうと面輪得るところもあるのですが…警察に通報されることは決してなかったと言うことでした…。

 中央分離帯を歩いている高齢者を発見したらすぐ通報されるものと思っていましたが…意外と通報されないものなのですね。どのドライバーもスマホや携帯を保有しているとは思いますが…そういう時代なのかな…と思いつつ、「あなたは通報するの?」と質問されると、まごつきそうです。やはり…中央分離帯に高齢者は非常事態ですので、是非他の人が通報しているとか配慮せず遠慮なく通報してください。「忙しい…」「急いでいるから…」「通報してからが面倒だから…」まあまあ、そうおっしゃらず、命かかっているかもしれないのでよろしくお願いいたします。

 徘徊は、なぜ発生するのでしょう?そのためには、認知症の症状についての分析をしていく必要があります。

 認知症は、改めて症状について触れてみますと、おおざっぱに言えば、今までに身に付けた生活をする上での技術が壊れて言ってしまう事となります。徘徊に関連している事柄としては、代表的な症状としては記憶障害がまず一つ関係してきます。次に、場所の見当識の障害というのがあります。場所の見当識というのは、病院に来られていても病院と理解できなかったり、さらには、記憶障害も絡んできますが、案内されてついてきて、建物のどこに来たかどうかは、全く理解できないというものが出てきます。場所の見当識障害は、古い記憶のものであっても、混乱してしまうことがあります。日常的に使い慣れている場所であっても迷ってしまうことがあったりします。自宅なのにトイレの場所が分からなくて探し回ったりするのはそういった理由からです。

 徘徊は、これらの症状が、組み合わさって、発声してきます。初期の段階では、いわゆるショッピングセンターで迷子になると言ったようなことから始まる感じでしょうか。もちろん、言ったことのないショッピングセンターであれば、家族との約束を忘れてしまえば、すぐに迷子になってしまうことでしょう。しかし、日頃行き慣れているショッピングセンターでも自分で行っておきながら迷子になることがあります。もちろんこの場合は、最終的にはそのまま外に出て場所を把握して帰ってくることができるのですが、お買い物の目的を達成せずに帰ってくる場合が多いと言えます。

 慣れているショッピングセンターでも迷うというのは、どういった理由なのかというと、記憶に定着しているショッピングセンターのマップがきちんと系統的に納められているのであればいいのですが、それが、バラされたパズルのように崩されてしまうことがあります。見慣れたショッピングセンターのエスカレータの場所、エレビターの場所、フードコートの場所、スーバー部門の場所などが、ばらばらと記憶の中の系統的なものが壊れてしまうと見たことがある場所なのに、この隣が何か分からなくなったりするのです。これが近所の風景まで及んでしまえば、道路標識とか建物のデザインなど見たことがあるものばかりなのに、それぞれがつながらないため、どちらがどちらか分からないようになってしまうと言うわけです。まさに、周りに見覚えのあるものであふれているのに霞に隠れて、何が何だか分からないといった状態になります。

 まとめると、徘徊は、何かしらの思いつきから始まると言えます。「あ。○○を買ってこなきゃ」なんて思って、とっさに家を飛び出したところ「あれ…何のために出かけたっけ?」となり、次のステップとして、「仕方がないから帰るか…」と言うことで周りを見ると、見たことがあるのに、自分の家がどちらにあったかどうか分からなくなり、迷走状態となり、あらぬ方向に歩いて行ってしまうこととなります。

 記憶も霞にかくれ、頭の中の道路マップも霞にかくれ、まさに五里霧中なんです。

 きっと、徘徊しているときは、必死な表情で、さらにはとても強い不安に駆られた表情で、キョロキョロしている姿がそこにあるでしょう。とても不安な気持ちでいっぱいだと思います。そっと話しかけてあげて、助けてあげるとその方はきっとホッとするでしょう。