ごまウシの頭の体操

認知症、緩和ケアなどが私の仕事の専らですが、これらに限らず、私が得た知見を広く情報発信したいと思います。

心が狭くなる瞬間

 みなさん、自分の心が狭くなる感覚を感じたことはありますか?この感覚がいち早く気づけるようになれば、きっと、ストレスをためることなく、そして他者にストレスを与えることなく、平和に過ごせるんだろうなぁ…と思うところです。

 

 心が狭くなる瞬間…自分のペースが乱されるとき...

 

 ジムのプールで泳いでいるとき…今日は2000メートル休まず泳ぐぞ…と決めて、ペースは速くないにしてもぼちぼちのペースで泳いでいると、ある方が、同じコースに入られました。特段気にならなかったものの、すれ違いざまに…「あ…もしかして、めっちゃ遅くない?」と感じつつ、マイペースを通していると、案の定、追いついてしまう…。お相手の方、このコースのルールに基づき、途中で立って歩くことなく、自分のペースで長距離泳ぐことをされていましたので、決して間違ったことはないのですが、ペースが…と言うところでしたが、ペースは、私のペースが正しい…なんて言うことは決してなく、もちろん相手の方が正しいわけでもありません。ただ、ゆっくり泳いでいる方に速く泳がせるのは、かなり無理がありますが、速く泳ぐ方がゆっくり泳ぐことはできるので、私がペースを合わせるべき…と言うこととなります。

 追いついた瞬間…キュッと心が狭くなりました…。(先に泳いでいるんだからペース見てコースを選べばいいのに…)などなど、せっかくの心地よい水音に包まれているのにそんなことを考えつつカリカリしながら、でも、ペースは乱したくない…連続で泳ぐ…などと考え…

 さらに、こころがキュッて狭くなり…イライラ…カリカリ…ついに、コースの終わりがけに、追い抜き行為に至りました。

 追い抜いて、自分の前に心地よい空間が広がるとともに、初めて、2段階で心が狭くなった瞬間に気づきました…そう、もう手遅れなのです。強引な追い抜きをしたわけですので、相手の方にはおそらく若干でも不快な思いをさせたに違いありません…。むなしく視野の広がった空間を見ながら、罪悪感に駆られるのでした…。

 

心が狭くなる瞬間…あせっているのに…

 ある病棟でのひととき…お昼直前…午後から、外回りがある、急がなきゃ…といそいそとしながら、病棟に登場。普段あまりお邪魔をしない病棟。看護スタッフの名前もほとんど覚えて折らずという状態で、そばにいたナースに、「○○さんの担当は?」と聞くと「あ、えーと、□□さん!?」と呼んでくれるものの応答なし…まあ仕方がない、とりあえず、○○さんのお部屋は?「■■■号室です。」…ふむふむ…訪問してみると、豪快に寝息を立ててお休みになられている。(コンサルテーションの内容は、せん妄の対応だから…この時間寝ていてはまずいけど、せん妄は何時くらいからスイッチが入っただろう?)さすがに気持ちよさそうだったので、お昼ご飯で起こされるだろうから、ま…そっとしておこう…それより、担当ナースは来てくれたかな?

 と言うことでステーションに戻って、電子カルテを開きつつ、担当者の登場を待ちつつ、カルテを読み込みつつ…あれ?さっき呼びかけた人は別のことをやっている…いつまでいても、担当者が現れることもなかったのでそこに現れたのが師長…。みなさん、気づきました?そう、既にこころは、この師長さんの姿を見る直前にきゅって狭くなっています。やや、大きめの声で師長を呼び止め、「いつまでもいつまでも担当者が現れるのを待っているのだけど」などとくどい言い方をしつつ、担当者を呼んでもらう。そしたら、さっと現れる。え!?ずっと待ってたのに…さらにキュッとこころが狭くなる。かわいそうに、この2段階で狭くなったこころの被害者に遭った担当者…幸い1年目のマークがついていなかったのが良かったけど、狭くなった心は、担当者に詰問調に次々と、せん妄の症状の経過や具体的な症状、そして、先ほど触れたとおり、いつ頃からスイッチが入ったのかなどを次々と多々見かけるように聞いてしまう。まごついているのを見て師長が助っ人としてこの詰問に参加し始めたところで…はっと気づくこころの窮屈さ…既に、手遅れですよね、かわいそうなことに、追求され、まごつかせてしまったので、必死になって、ほぐして、なんとか、平和に解決させて、終わらせたけど…多分、師長は、不機嫌な私に気づいたでしょう…。

 さて振り返ってみると…担当者を呼んでもらったことで、最初のスタッフにお願いしたことは完了しているわけですよね。鹿も、私はステーションを離れて患者さんのところに赴いている。当然、担当者を呼び続けるなんて言うことはないでしょう。ステーションに戻ってきた私は、勝手にその方がいつまでも担当者を探しているものと思い込み…待機し、いつまでも来ないのにカリカリ(時間がないじゃないか…)と、そして、見つけた師長になんとかこらえて担当者を呼んでもらい、待ち続けていたのに、あっけなく現れることに、(なんだよ、時間がないのに待っていたのに…イライラ)とさらに、心が狭くなり…。

 あせっていると、相手の事への配慮がとても減少します。最初に話しかけたナースはもちろんやることがあってバタバタしている。私のためにわざわざ担当者を呼んでくれたことだって感謝しないといけないことなのに…。勝手に、私のために、さらに担当者を探し続けてくれるもの…なんとまあ、自己中心的な解釈…。さらに狭くなった私は、ほぼ初対面に近いようなナースに詰問…何をやっているんでしょう…。

 

 本日は、こころのがキュッて狭くなる瞬間を振り返りつつ、冷静さを欠いていたことを懺悔しつつ、触れてみました。こころのゆとりというのはとても大切だという事を実感させられる出来事です。あせっているときやペースが乱されるときなど、自分の予定などを変更しないといけなくなるときに、いかにこころを広げられるように意識づけられるかが大切と考えられます。狭くなる瞬間は、主観的であり自己中心的なこころが作用しているため、相手への配慮はできません。そのため、狭くなりそうなときこそ、狭くなるはずだから、先にこころをおおらかにしておくべきなのです。なので、あせっているとき予定が乱されているときこそ、「ぼちぼちで」とたしなめるべきでしょう。全ての行動は、このたしなめたあとにうつすべきか…と思ったりします。

 日頃カリカリする経験が多い方には、ちょっと参考にしてもらえると幸いです。読まれる方の中には、「その程度でカリカリしていたら切りがない」などと、余裕綽々の方もおられるかもしれませんね。

 

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