ごまウシの頭の体操

認知症、緩和ケアなどが私の仕事の専らですが、これらに限らず、私が得た知見を広く情報発信したいと思います。インスタグラムも始めてみました。https://www.instagram.com/goma.ushi/

今さらですが…マスクについて

 このところは、梅雨寒の時期になりましたので、取り立てて問題とはならなくなりましたが、マスクをつけることによる熱中症のリスクについては、昨年の梅雨前あたりと今年もゴールデンウィークあたりにマスコミ等で話題になったと思います。マスクの必要性については、今さら議論するまでもないものではありますが、必要性だけが一人歩きしてしまうことにより、長期装着による弊害についての話題が小さくなり、議論されなくなってしまっている実情があるように感じられます。適切なマスクの装着について、できるだけ、自己主張に偏らないように…と言いながらも自論とはなりますが話題を改めて振れてみたいと思います。

 マスクでのウィルス防御については、不織布については、きちんとした規格が存在し、適切に装着をすれば、きちんと差を認めるだけの効果があることは明白です。しかし、このきちんとマスクを装着した場合には、弊害というものも存在します。

 効果については、十分報道されていることもあり、取り立てて、今ここであげるまでもないことですが、微粒子を跳ね返すことにより、コロナウィルスのような微粒子もシャットアウトできるという事とともに、自分がウィルスを保有して、拡散していたとしても、マスクのトラップされることで、外部への放出がかなり抑制されることの二つのメリットのことが効果としてありました。

 しかし、一方のデメリットについては、報道はされているものの話題は小さなものが多いため、きちんと触れておこうと思います。まずは、吐いた息をもう一度吸い直していることになりますので、この点の弊害を考える必要があります。吸う息と吐く息では、先ずは酸素濃度が下がること、二酸化炭素濃度が下がることとが同時に発生します。この弊害が顕著の認められるのがN95マスクという不織布よりも数段きめ細やかな規格のマスクなります。

 この高規格マスクを適切に厳重に装着した場合、実際には、5分もすると呼吸苦を感じるようになり、15分以上つけたままにしていると、もうろうとした感覚になる事があります。これは、酸素が十分吸えなくなったというのもありますが、それ以上に二酸化炭素が身体にたまり始めていることの方が大きな影響となり、肺気腫のような呼吸不全状態に陥ってしまっていることを示唆します。さすがにN95ほどではないにしても一般の不織布マスクにおいても、少なからず、適切に装着をしていると、徐々に二酸化炭素が身体に蓄積され、頭痛やもうろうとした感覚に陥ることがあります。

 以上のことから、漫然とマスク装着は呼吸機能をかなりいじめてしまうこととなることが一つ要注意する部分となります。

 次に、もう一つの機能は、呼吸には放熱機能というのがあるという事です。これは人間でははっきりと効果を目にすることはありませんが、動物ではイヌなどは、この効果をふんだんに活用しているところがあります。

 暑いときにイヌはどのような表情をしているでしょうか?わかりますよね。口を開けて下をだらんと垂らしながら、ハーハー言っていると思います。人間においても、激しい運動をしたあとに、鼻呼吸ではなく、口呼吸をしているのがほとんどかと思いますが、これも無意識の一つの作業です。

 この放熱効果がどれほどあるのかは、私は詳しくは知りませんが、マスクを装着することでそれが阻害されることは間違いのないことです。鼻呼吸においても体温で暖められた空気を外に排出し、外の冷たい空気を吸うことで肺を冷やし、血液を冷やして体温を下げる作用につながります。これが、マスクをしていると、冷たい空気を吸うことができないため、肺で血液を冷やすことができず、身体に熱がこもることとなります。

 またイヌが下を大きく垂らしているのは、湿った空気の気化熱を利用していることでもありますが、マスクを装着すると気化熱は既に加湿されている空気の中では阻害されます。

 以上まとめると、マスクを長時間装着することで生じる弊害は、呼吸不全という現象と、身体に熱がこもるという事の二つという事になります。

 この弊害を考えた上でのマスクの装着の仕方を考えて行く必要があります。マスクの装着を常日頃から推奨するのは異論はないのですが、「外すな」というのは誤りと言えます。特に、開放的な外の環境で、周辺に人がいない風通しの良い環境においてマスクの必要性はどうでしょうか?まず、飛沫感染のリスクが周囲においてゼロの場合、また自分係のウィルスを保有していた場合に飛沫させてしまうリスクがほぼゼロの場合、マスクは当然必要性としては皆無に近くなります。ここで、ゼロというのは、完璧なゼロを追求するのはやめておく必要があります。どのようなウィルスも、外の風通しの良い環境下で撒いた場合、ほとんどは、半径2メートル以内で落下していくでしょうが、中には風に乗ってどこまでも言ってしまうのもあるでしょう。実際タバコの副流煙などの微粒子は、臭いがするため、喫煙者が10メートル以上離れていても風下であれば分かったりします。しかし、この些細な暴露で感染が成立するかと言えば、さすがにそこまで人は貧弱ではありません。ただし、絶対とは言えないのは確かですが、限りなくゼロという事になります。

 この限りなくゼロに近いリスクのために、外にいてもマスクをきっちり装着するのは、防御としては理解できますが、明らかに過剰防衛という事となります。この限りなくゼロに近い防衛をすることにより、より一層高いリスクとしてある呼吸不全と放熱妨害に曝してしまうのはお粗末なものとしか言い様がありません。そのため、人がまばらな公園などでしっかりマスクをしていたり、自転車で爽快に気持ちよさそうに走っているがマスクを素着していたり…と言った行動は、過剰防衛という事となります。

 もちろん、コロナのことでマスクの重要性がとてもたくさん議論されたことにより、散歩やスポーツをしているときにでも呼吸不全のような状態や放熱妨害になるのを不正だとても通気性の良いスポンジのような構造したスポーツ用マスクが最近では扱いが増えるようになりました。このマスクがマスクとしての効能はどうかと言えば、不織布に比べれば当然落ちますが、限りなくゼロに対する防衛としてはちょうど良いかもしれません。通気性が良いのは、言い換えれば、微粒子の通過も多いことでもあります。

 また、外を歩いているときに鼻だしマスクで歩いている方がおられますが、これもある意味合目的な行動となります。ただし、このまま密閉され、人の密度の高いところでも鼻だしを続けるのは誤っていることとなります。通常の行動をしているときの呼吸は鼻呼吸ですので、外の開放された環境において気持ちよく空気を吸うには自ずと鼻を出したくなるのは当然です。鼻だしマスクを無下に批判するものではないというのはこの点においては言えると思います。

 これから夏の暑い中、マスクを長時間つけることにより呼吸不全とともに、熱中症のリスクが高まります。二酸化炭素の蓄積により感覚が鈍磨し、熱がこもっていることを自覚しにくくなっている状況の中で熱がこもれば、熱中症には一気になってしまいます。

 間違っても、炎天下の外で、きっちりと不織布マスクを周りに人がいなくても装着するのは危険極まりない行為であると言えます。また、そのことを考え、外を歩いているときにマスクをしまっている人を見かけて注意をしたりすることも、大きな誤りと言えるでしょう。

 ただ、人は移動するものですので、移動しながら、その場所その状況に合わせてマスクをつけたり外したりすることが重要と言えます。スポーツ用のマスクの場合、密集した場所での装着は感染リスクの抑えが十分ではないため、不織布マスクを追加して装着するなど、マスクの携帯そのものを変化させるのも有用と言えます。

 

 本日の結論ですが、マスクは、飛沫感染防御など有効であることは間違いないことではありますが、一方で、呼吸の邪魔をしたり、放熱の妨害をしたりすることもあるため、飛沫感染のリスクの極めて低い、人がまばらで空気の流れの良い外などでは、マスク弊害をできる限り避けるために、外したり、通気性の良いものに変えたりするなどの対策を講じ、移動した先々においての環境変化によってマスクを再装着するなど、防御と解放とをバランス良く行っていくのが、これからのマスク生活の中での必要なことと考えられます。常時マスクを装着し続けることが必ずしも正しいことではないことを知っていただくことが重要と言えます。