ごまウシの頭の体操

認知症、緩和ケアなどが私の仕事の専らですが、これらに限らず、私が得た知見を広く情報発信したいと思います。

単調な日々は単調ではない

 そろそろネタが尽きてきたのか…と言われそうですが、単調な日々を過ごしていると、その単調さ故に、話題がなくなってしまうのですよね。このブログを始めて、今日書き上げて連続1ヶ月になるとき、そろそろ話題がつき始めました。

 しかし、単調な日々というのは本当に単調なのでしょうか?実際は単調な部分しか見えていないから単調に見えてしまうと言う事も考えられます。

 日々の生活を記録することに日記をつける方がおられます。1年、2年度頃か数閏年にわたって日々を記録続ける人たち。その日記をつける人たちが、日記に毎日同じ事を書いているでしょうか?それは決してない事なのです。

 

 単調という点だけを注目して、例えば、私のある日1日の活動を書きましょう。朝5時に起床します(意外と早起きなのです)。洗顔や着替え、朝食などを終えて、正確に5時54分に自宅を出ます。そして、6時7分に、一番後方車両の電車に乗り、34分にとある駅に到着、そこで乗り換え、ここでしばし、待ち時間。52分に電車が到着し、後方車両に乗り、出発。7時1分無事に最寄り駅到着し、徒歩約10分で、職場へ。タイムカードには、7時11分か12分の打刻がなされる。そして、自分のブースに到着し、着替えて、電子カルテへ。チェックの上、コーヒーを入れて、パソコンの電源を入れる。しばらく、ブログに限らずメールのチェック、そして、医療情報を仕入れるための文献チェックや書籍の確認をした後、9時に病棟回診へ。事前にチェックしてあった依頼のあった病棟を巡り、それぞれの病棟でナースとおしゃべりをしながら情報を共有し、該当患者を診察。だいたい午前中に巡回は終わり、お昼ランチの時間。午後は、比較的フリーであったため、文献をチェックする時間に過ごしていく。定刻になったため、着替えて、ブースをあとにし、17時36分の電車に乗る。乗り換えでちょっと待ち合わせをし、17時56分の乗り換えの電車に乗り、最終的に自宅に帰る。業務が日々変わったとしても、通勤の時間はとても単調です。

 しかし、実はこの単調の中には様々な、変化がありました。実は単調ではないのです。例えば、自宅に出たときから、変化はあります。同じくらいの時間にイヌの散歩をさせているご近所さんには、会えるときと会えないときとあります。同じ時間に出ているのに、コースが違うのでしょう。この日は確か、ご近所参じたく前にて、遭遇したと思います。また、電車でもそうです。ほぼ毎日同じ座席に座るのですが、多くの方が同じ座席に座って、同じ風景となりますが、だからこそ、違う人が乗っていると目立ちます。初めて乗ってきた人は全く気づかないでしょうけど、「あなた以外は、今電車の常連さんですよ」なんて、ささやいてみたくなります。乗り換えの時に電車を待っていた人は、あれ…今日は学生さん増えたかな…。なんて思う日も合ったりします。この学生さんの変化でとても顕著だったのが、時間は飛びますが、夕方の帰宅時間…この時期は、定期の新規申込と更新が一気に重なるときなので、駅は行列ができて混雑していました。そして、帰り乗り継ぎの電車…この電車では常連さんもいるのですが、お客さんが多くて、座れないくらいなので、常連さんとして記憶に残っている方と記憶にない方とが混じり合っています。…そこで、いつも常連で座席に座っている人が珍しく立っていたりすると、「あの人、意外と背が高いんだな…」なんて思ったり。

 日記というのは、こういう感じで日々、単調だと決めつけずに観察をすることで変化を見つけて記録に残すのだと思います。私は日記をつける習慣はありませんが、ブログをつけ始めて、この単調さを単調と片付けない気持ちの大切さをとても感じているところです。いろんな発見や変化に気づけるので、面白日々となりますよね。

 

 結論としては、単調としてしまうと見逃してしまう小さな発見がたくさんあります。単調だと思っていると見逃してしまうため、もったいない思いをしていますので、是非、単調と考えず、日々の生活は、リズムカルでも必ず変化があり、その変化が、様々な思考につながるものであると考えていただくと、充実感につながるのではないでしょうか。

 なんとなく、ブログを始めて一番最初の1ヶ月目の最後の日を占めるものとしては、良い〆ではないかと思うところであったりします。