ごまウシの頭の体操

認知症、緩和ケアなどが私の仕事の専らですが、これらに限らず、私が得た知見を広く情報発信したいと思います。インスタグラムも始めてみました。https://www.instagram.com/goma.ushi/

自動車運転をやめるタイミングについて

 日頃の診療の中で、今最も悩ませる事柄に自動車免許の返上のタイミングというものがあります。道路交通法の変更があってから3年ほどでしょうか、今までほぼ他人事で済ませられた、認知症の方の自動車の運転についての禁止の診断。(もちろん、問題となっていたのは以前からずっとありましたが、免許の可否を判断を医療側に投げられたのは最近です。)私が仕事をしている、病院の近隣は、自動車がなければ、生活がとてもしにくい地域です(いわゆる軽トラックニーズの高い地域…失礼な話かもしれませんが)。そして、一家の大黒柱として、日頃の運転テクニックを上達させてきた、人生の先輩方が、老化現象とともに、注意機能反射機能の低下させ、最後に認知機能の低下のため、私たちの元へ。そして公安委員会からの恐怖の黄色い紙が…「どうしましょう?」と泣きそうな表情で、懇願される。

 こんな表情を浮かべた当の本人、配偶者の方が、この方の運転で生活を保っている現状、子供達は独立し、遠方で生活…さて、「運転をしてはならない」と安易に言えるだろうか…。言わなければならないのに、とても辛い…でも、事故で人の命が奪われたりするようなこともあってもいけない…。とても複雑な気持ちにさせられ、時と場合によっては、この診断により、今までの担当医としての関わりが一気に冷え切ってしまうこともあったり…。

 黄色い紙をもらっている方でも、運転…上手なままだったりする方も多いんですよね。車庫入れで若干傾いたり、スピードがやたらと遅くなったり(速い場合は、やめろって言いやすい)…物損が増えていれば、ためらいはないのだけど、さすが経年の技術、そうも減退していない。当の本人、「おれから免許を奪ったら何も残らない。まだまだ現役で大丈夫という自信がある」なんて言われてしまうと、なかなか、手厳しい。

 認知症診療で、運転免許の可否についての話題は、とても多い話ですが、案外、若い年代で認知症と診断される方の方が運転免許の不可を宣告するのはやりやすかったりします。理由は、配偶者の方が現役のドライバーであったり、子供達がまだ接点が近かったり。そして、まだまだご本人の運転免許を奪ってしまっても、家庭的な適応性が高いことなど。あと、若い方の認知症の方が症状が明瞭なので、理路整然と運転がダメであることの説明を行いやすい。と言った理由からです。もちろん、ご本人のこの宣告を受ける事へのこころのダメージの大きさは、大きいのは確かなのでそのことへの配慮は必須ですが。70代、意外と80代の方の運転免許を止めることが難しくなります。運転免許が死活問題となり康子とが大きいです。

 

 そこで、この日頃の診療の中で思うことを、早め早めに、検討していただくように、診断を下す前から、自動車の免許の返上、あるいは、自動車運転のやめ時について問題提起をするようにしています。それは、もし、自分が運転をやめる場合、どのようなタイミングが良いかということを考えながら、提起しています。早めに議論をしておくと良いと思います。

 

 自動車の運転のやめ時

 自分と同じ年代の自動車の運転に自信を持っている友人から例えばゴルフに誘われ、

「おれの車は荷物が載るから、安心して乗ってくれ。」と言われ、助手席を薦められたとき。

 この状況で、とてもためらいを感じるようになったら、あるいは、ご友人の自信とは裏腹に身の危険を感じたりした場合には、車の運転はやめ時である。

 

 常識に基づいた話題展開ではありますが、自分の事というのは、どうしても棚に上げたくなるものですよね。そして、自尊心がより一層冷静さを失わさせてしまいます。例えば、86歳のおじいさんが、運転に自信があると言い続けていて、家族の言う事も聞かないとなっていても、同年代の○○さんが載せていってあげるからって軽トラの助手席に案内されたとき、安心して乗れるか?と聞くと…多くの場合「いや…それなら自分で…」と言われることが専らです。これは、まさに自分の年で運転をしていることは危険なことであることを認識している立派な証拠になります。そのため、「周りは、あなたの運転をそのように感じているんですよ」と説明し、「自動車運転の卒業」を提案します。「○○はそうでも、おれは大丈夫」と最後の悪あがきをされて、それ以上は反論できなくなる…これがだいたいの通常の流れです。多くの場合、その後数ヶ月以内に無事に返上に導くことができます。

 認知機能が保たれている方であればあるほどうまくいきますが、車の運転が微妙にできそうに見える方がだいたい該当します。(加齢に伴った認知機能低下した方も含みます。)

 

 身内に70代を越え始めた運転ドライバーがおられる場合にやめ時についての問題提起を早めにしておくと良いという事があります。免許の更新も無事に終え、自信満々の状態ですので、これから先についての問題提起は、冷静に耳を傾けてくれることが多いです。何しろ、今の話題ではありませんからね。案外、このタイミングでこの問題提起をしていると当のご本人から、「80になったらやめるタイミングかな…」などと具体的な事を言われることが多いです。年代で答えず、「あと5年か…」などと言われることもあります。

 ご自身で発言したやめ時のタイミングは、本当にベストタイミングであることが多いです。そのため、例えば、あと5年と言う話題が出たりした場合には、その5年に備え、周囲の公共交通機関の利用の仕方や、体力作りのための自転車などの活用、または歩き、それから親族での送迎の環境調整など、準備を進めておくと良いと思います。車のない生活にそれほど困らない現実を用意してしまうと、必要性というものも軽くなるため、がむしゃらな抵抗が減ってくると思います。

 とにかく、人生の中で長年磨き続けた運転技術です。やめることは、簡単なお話ではありません。前々から、準備をし、問題提起をし、その卒業のタイミングに環境をしっかり整えておくと良いと思います。自己宣言は、実施しやすい条件でもありますので。